New Album 「遠い約束」

太陽が沈みゆく先に

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 先週わたしは、数日間のヨーロッパ旅行に行って来ました。ブダペスト(ハンガリー)、ウイーン(オーストリア)、プラハ(チェコ)という、3カ国3都市を回る旅です。中世の香りが色濃く残る街を歩き、古い大聖堂やお城を見学して、ふだんはめったに耳にすることがない古典音楽を聴き、カフェでは甘くて大きなケーキを食べ、新旧さまざまな美術品を見て、お肉とじゃがいもの料理で黒ビールを飲む。そして街から街へと、広がる田園風景を眺めながら移動する…そんな旅。

 気候や風土、地形などが異なると、育つ植物ひとつとっても日本とはまるで違うし、建造物、食事、宗教、慣習といった文化も、そんな自然環境に影響されてか、わたしが慣れ親しんだものとは、全く異なるもの。見るもの聞くもの、ほんの少し触れただけの“西洋”に、わたしは驚きの連続でした。ちなみに写真は、チェコの森で拾った葉っぱ。

 あるカトリックの教会を訪ねたとき、現地のガイドさんが「ここでは東に向かって礼拝します。太陽が昇る方角だからです。」と説明してくれました。
 わたしがふだん家で手を合わせている仏さまは、西にいると言われています。ならば太陽が沈む先で待つかみさま、ということにでもなるのかな…。

 そのときふと、以前、能楽を習っていたときに聞いた、東西の舞踏を比較した話を思い出しました。西洋のバレエはつま先で立ち、上へ上へと飛び上がり、天に向かって花を咲かせようとする舞い。一方、日本の能は、大地を踏みしめて、下に下に響きを求める舞い。また、花がいつまでも散らないことを願う西洋の舞に対して、花が散りゆく姿を見届けようとする日本の舞い。
 なんだったか、そんな内容だったような…。
 もちろん、西洋のダンスはバレエだけではないし、日本の舞いも能楽だけではありません。だから、すべてが今の話に当てはまるわけではないと思うけれど…。
 でも、ひとつ、もののとらえ方として、先の教会の話とだぶるような気がしました。

 仏教のすべての仏さまが、西にいるわけではありません。また、西洋の教会が、必ずしも東に向かって礼拝するとも限らないでしょう。でも、散りゆくもの、去りゆくもの、沈みゆくもの、そんなさだめを憂いつつも、受け入れ、その様を敬う。そんな考え方が、日本の文化の中には存在しているような気がしました。

 昇る太陽に背を向けて、沈みゆく光に手を合わせる。か。

 陽光に透けて輝く、教会のうつくしいステンドグラスに見とれながら、ふだんは考えない、自分の国のことなどをむにゃむにゃ思い巡らせたりしていました。

…あれ。旅行記を書こうとしていたら話がかなり脱線してしまったような…。とりあえず、今回は長くなったのでこのへんで…(汗)。つづく。あはは。

追伸・わたしが旅をしている間に、日本では台風に地震で、多くの方が大変な被害に遭われたのですね。そして今も、不自由な生活を強いられている方がたくさんおられるとのこと。胸が痛みます。天災ばかりは、わたしたち人間にはどうすることもできませんが、今はただ、各地の1日も早い復興を願っております。

コメント (1) »
  1. 面白い見解!
    今度は、旅行記お願いします。

    コメント by にくろき — 2004/11/2 火曜日 @ 18:21:21

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