『和歌と能楽』
最近、定型詩というものに突然興味がわいて来たので、短歌の入門書の中の古典の和歌を、今ぼつぼつと読んでいます。
その中に、わたしにとってなつかしい響きのある歌を見つけました。
「うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき」
これは『古今和歌集』に収められている小野小町の歌で、能楽「清経(きよつね)」という物語の中にも引用されています。
うたた寝をしていたときに恋しい人の夢を見てからというもの、はかない夢などというものを頼りにするようになってしまいました、という、せつない恋の歌。
わたしは、このサイトのプロフィールにも載せていますが、14才から21才までの7年間、能楽の稽古に通っていました。
日本の伝統的な舞台芸術を新鮮でおもしろいと感じたわたしは、奈良に住んでいた能楽師・金春晃實先生の下に入門し、学生時代は厳しい部活動をやっているような感覚で、日々熱心に稽古に励んでいたのです。
お能は、セリフのある舞台劇で、そのセリフはほとんどが歌のようになっています。いわば和製オペラのような。その歌は「謡(うたい、または謡曲ともいう)」と呼ばれ、笛や鼓に合わせて、登場人物はもちろん、舞台の端に座った黒紋付を着た数人のコーラス隊(地謡)も、そのセリフやナレーション部分を歌うのです。能楽の稽古では、その物語のの台本(謡本)をはさんで、師匠と向かい合わせに座り、口移しで謡を教わります。
わたしが15年前に一番最初に稽古をつけてもらった曲、それが「清経」でした。
このお話は、平家の武将だった平清経が主人公です。戦に負けたことを苦に自殺してしまった清経が、幽霊になって奥さんに会いに行き、敗戦の恐ろしさや悲しみを語って聞かせて、最後は別れを告げて成仏してゆく、というストーリー。
この曲は、平家物語をもとに作られた戦いのお話ですが、清経と奥さんの言葉のやりとりは、なかなかロマンチックで、どこか恋物語のような趣もあるのです。
小野小町の和歌は、清経の幽霊が奥さんの枕元に登場するときに、低い声で歌います。
清経の死を知って、泣き疲れて眠る奥さんに、そっと呼びかけるかのように歌われるその一首。
わたしの記憶の中には、数年前に亡くなった師匠の金春先生がその一節を謡う声が、今も確かに残っていて、和歌を目にした時は、とてもなつかしいのに、せつなくてたまらないような気持ちになりました。
今年のNHKの大河ドラマは源義経を主人公にしたお話だということもあって、町の本屋さんではその頃の歴史を扱った書物がたくさん並んでいます。
能楽には、平家物語を題材にした曲がたくさんあるということもあって、わたしにはどこかなじみのある歴史のお話を耳にする機会が少し増えました。
久しぶりに、ゆっくりとお能の舞台を見に行きたいな、と、ぼんやり考えたりしています。


お正月が来るたびに思い出す高校の「百人一首大会」
一番得意だったのは「花の色は・・・・」の小野小町。
でもその句はほとんどの女の子が好きな句だったので一番近くにいた人のもとへ。
あと上と下の句を「こっちの方が素敵」などと言って勝手にチェンジしていたので、今でもそちらを覚えていてとんでもないことになっています。
幼な心に愛の歌にときめいたことも思い出します。
あぁ、清らかな日々。
コメント by MN — 2005/2/9 水曜日 @ 10:59:40
ななさんの興味は地底湖ですね。深く水脈がのびてくようで、おもしろいです。
わたしも白秋系の結社に所属しているのですが、短詩型文学は取り込むことより「切り捨てる」、引き算が必要なのだそうです。
能弁で多弁な才能がいいという風潮に逆行しているのだけれど、わたしにはそれが心地いいです。
ななさんは独自の感性を持ってらっしゃるので、相聞歌(短歌)なんかお書きになったらどんなかんじになるのかなあ…
読んでみたい気がします。
コメント by かこせきわ — 2005/2/11 金曜日 @ 9:58:47