New Album 「遠い約束」

『夏の魚影』

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先日、夏の高校野球大会が終わりました。
実はわたし、これまで高校野球には何の興味もありませんでした。じっくり見たこともなかったし、見ようとも思わなかった。無関心。ところが今年、何気なくつけたテレビの中に映る高校生の顔が、あまりにも美しくて、思わずはっと息を呑んでしまった。それからは、ほぼ毎日見ていました。どこかの学校を応援している、とかいうわけではなく、ただ時間があればテレビをつけて、そこに映る試合を見ていました。どの生徒の顔も清々しくきらきらと輝き、わたしの目にはとても眩しく映ったのです。

作家の早坂暁さんが、以前ある本の中で「10代後半の鋭い感性は一瞬の魚影に似ていて、誰もが一度は持ったはずだけれども、大半の人は、その瞬間を見失ってしまう」というようなことを書いておられました。なぜか、高校野球を見ていて、この言葉「魚影」を思い出してしまった。高校球児や、それを必死で応援していた少年少女の輝きは、二度とはない特別な一瞬のようで、それが何だ、と言われれば何も答えることはないのだけれども、ただ訳もなく、せつなかった。人は生きている中で、あれほどにまで真摯な輝きを放つ瞬間というものを、幾度持つことができるのだろう。と、空を仰いだりして。

かくいうわたしは、輝きとは縁遠いまま、だらだらと10代を通り過ぎてしまいました。魚影などどこに見えたでしょう。見えなかった。そして今も。日々くだらないことで思い悩んでは立ち止まる、惑いの30歳。相変わらずふらふらと、落し物を探すようにどこへゆく。一体何をやっているんだか、とため息をつくこともしばしば。
それでも。
「勇気と感動をありがとう」なあんて言葉は陳腐できらいだ、と思っていましたが、高校球児の涙にもらい泣きをさせられ、こんなわたしの心にも、さわやかな風が吹いたような。
あしたから、がんばるか。

日中どんなに暑い日でも、雨が上がると空気は冷えて、秋の匂いを感じる今日この頃。夏休みも、もうすぐおわりです。

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