New Album 「遠い約束」

Diary『おめでとう。』

先日、大学時代にやなせが所属していたサークル・軽音楽部の先輩(※男性)の結婚パーティに出席して来ました。
せんぱい、と言っても、学年は1つしか違わず、1浪して大学に入ったやなせとは同い年です。

「パンチ」というあだ名で呼ばれていた先輩は、ウインドシンセとアルトサックスを担当していて、インストバンドを組むことが多く、ボーカル担当だったわたしといっしょにバンドをしたことなど一度もなかったのですが、お互い文学部だったことから、同じ講義を受講するうちに、だんだん仲良くなりました。

大学卒業後は、全く違う道に進み、離れた土地で暮らしていたにもかかわらず、何かふとした時に連絡を交わし合っているうちに、結局10年もその細く長い交友は続きました。男女間の友情というものを成り立たせるのは、なかなか難しいものがある、と考えているわたしですが、パンチさんは例外だったと言えるでしょう。たいせつな友達のひとりです。

パーティ会場へ行くと、軽音楽部のなつかしい面々と約10年ぶりに会うことができました。
みんな、ぱっと見たら誰かわからないくらい変わったな、と一瞬思ったけれど、話せば19,20歳の頃にすぐ戻れるから、学友って不思議なものです。
お久しぶり~の挨拶もそこそこに、何だかんだとクダラナイ話に花を咲かせれば、そこはまるでプチ同窓会。

けれども、時はそれぞれのじんせいの上を、ちゃんと流れていて、みんな家庭を持ち、仕事を持ち、愛する人を守りながら、立派な大人になっていました。
きのうのことのように思えた学生時代は、もう二度と戻れない遠いところに。
そう思うと、ちょっとだけ、せつなかったりしてね。

そんな同窓会気分も半分のパーティは、様々なお祝いの余興があって、楽しくなごやかに進みました。
そして、パーティの最後は、新郎・パンチさんのバンド演奏。新婦への愛の曲を演奏するという趣向でした。
ステージに上がったのは、パンチさんを中心とした軽音楽部のサークル仲間の面々です。
久しぶりだからなのか、少しぎこちなさの残る、硬い音。でも、その表情には、以前とは違うおおらかさや強さが感じられました。とんがった角が取れて、どこか落ち着いていて。それぞれが何かたいせつなものを背負った姿は、キラキラと輝いて見えました。
なんだろ。ほろりと来ましたね。
大人に、
なったんだなあ。
みんな。

誰もがみんな、恋のひとつやふたつに悩んだこともある、青春時代。
でも、パンチさんが流したあの頃の涙も、いろんな痛みも、きっと,、今となりでほほ笑む奥さんに出会うための、訓練みたいなものだったんだな。
最高にしあわせそうな笑顔を見て、思った。
おめでとう。
ほんとに、おめでとう。

で。
祭りの後の静けさよ。
このたび、結婚にまつわる催しごとの列席回数15回目(もっとか?)くらいになるなあ、なんてぼんやり数えながら帰る列車の中。ふと鼻をくすぐるキンモクセイの香りに、センチメンタルになるこんな秋の日。

いつかは良いオトナの顔をして、
ちゃんと、誰かを愛します、などと宣言したりしてみたいものだ、と、
少しだけ現実を忘れて、乙女のように夢見たりするやなせでした。
オエ。

Diary『楽しくダイエット』

本日のダイアリーの写真は、バナナです。
このバナナ、今話題沸騰中で、近所のスーパーへ行っても、バナナの棚はからっぽ。売り切れ続出なんですよ。
その理由は、「朝バナナダイエット」なるものが流行しているからなんです。

“はまち。”こと渡辺仁さんという方と、その奥さまで薬剤師の渡辺澄子さんが考案し、実践されたこのダイエット法は「朝食はバナナと水だけ」というルールを守りさえすれば、あとは何を食べても良い、運動も特にしなくて良い、カロリー計算も不要、といった気軽さが人気となり、バナナの栄養の高さと共にテレビで取り上げられて以来、今ほんとうに話題になっているんです。
かく言うワタクシも、渡辺さんの著書を読み、テレビを見て、早速バナナを買いに走ったのですが、この写真にアップしたバナナが、行った先のスーパー(※しかも2軒目)で、なんと最後の1房だったのですからオドロキ。
そう言えば、少し前にテレビで納豆が取り上げられ、健康に良いと話題になったときもそうだったなあ。スーパーに行くと、納豆がないんですよ。みんな単純だなー…って、わたしもそのおバカのひとりですけどね。わはは。

さて。
じゃあ、やなせは朝バナナダイエットを実践しているのか?と言えば、いえいえ。実践していないんですよ。どないやねん。
いや、実践はしていませんが、ダイエットというものには取り組んでいます。

やなせは現在33歳。病気をしているため、体内は実年齢より中年化が進んでいるから…40代くらいの感覚かなあ。そんな年齢的なこともあり、最近ほんとうに太って来たんです。体重が増えるというより、体に締まりがなくなった感じで、全体的にぶよーんとしてるんですね。
年齢以外に太った理由は、ほとんど外出せず、動かなかったこと。それなのにガツガツ食べていたこと。毎日のようにビールを飲んでいたこと。朝夜逆転あたりまえの、非常に不規則な生活を送っていたこと…などなどが考えられるのですが、まあわかっていても、なかなかそこから抜け出せなかったのです。

でも、ぷよぷよのお腹を見て一念発起。
スポーツジムへ通い始めましたが、それだけでは飽き足らず、家でちょっとしたエクササイズをするようになりました。あとは完全にビール(お酒)をやめ、大好きなチョコレートも控えめにして、食事にも気を遣っています。姿勢がめちゃくちゃ悪かったので、それも現在矯正中。

こういうことを始めると、生活もだんだん規則正しくなって来ました。
朝起きて、運動して、PCに向かい仕事をして、また運動して、家事をして、お風呂ではゆっくり半身浴をしながら読書をして、夜に寝る。3食きっちり食べる。
まあ人間として当たり前なのかもしれませんが、わたし、こういう生活ほんとうに苦手だったのです。
今はリズムもできて、体調は良好。体を動かしても、息切れが減って、筋トレをしてもできる回数や時間が増えて来ました。心身ともにスッキリして、ほんとうに良い感じです。

最初は、お腹を引っ込めることが目的で始めたダイエットでしたが、今は痩せることはおまけのようなもので、わたしにとっては、生活をきちんとして、健康を手に入れるきっかけになりました。
なので、朝バナナダイエットが気軽でかんたんで…といったことは、どうでもよいのです。
少々きつくても、ちょっと大変でも、お腹がそうかんたんに引っ込まなくても、ダイエットという名を借りて、生活に気を配ることそのものが、結構楽しい。

とかなんとか言って、スーパーをはしごしてまでバナナを手に入れたくなったのですから。どないやねん。やはり単純で、愚かなワタクシでございますな。
いつまで続くことやら、と、我ながらしんぱいしつつ、食欲の秋はもうすぐそこに…うう、どうしよう。

Diary『子どもばんざい』

先日、浄土真宗本願寺派・函館別院でのコンサートに出演するため、北海道へ行って来ました。
お越しになった皆さま、イベントを作って下さったスタッフの方々、あたたかく迎えていただき、ほんとうにありがとうございました。お世話になりました。

函館には、わたしの兄一家が住んでいます。
わたしが住む奈良からは随分と離れていて、めったに会うことはできないので、今回は約1年ぶりの訪問になりました。
兄には子どもがいて、わたしにとってはかけがえのない甥と姪です。
いつの間にか大きくなっていて、周囲の事柄をきちんと理解し、ことばもしっかり話せるようになっていました。

久しぶりに会うというのに、甥と姪はわたしのことをよくおぼえてくれているようで、ななちゃん、ななちゃんと言って、なついて来てくれます。うう、なんてかわいいのだ。。。
ちいさなお手々を握りながら、お人形ごっこやおままごとをしたり、いっしょに絵本を読んだり、お絵描きをしたり、歌を歌ったり…それはそれは楽しい時間でした。

中でも特にびっくりしたのは、姪っ子が即興で歌ってくれた歌の数々。思いつきで、いろんなことばをメロディに乗せることができるのです。
余計な事は考えず、素直な心そのままのうた。ああ子どもって天才だ。。。(叔母バカ)
♪ひまわりさんはおひさまの下でにこにこ笑うけど~夜になったらしょんぼり~でもまた朝が来たらにこにこ♪
なんてかわいい歌でしょ。ああ姪っ子よ、君は天才だよ(叔母バカ)。
舌足らずなことばづかいと、かわいらしい声に、自然と笑顔が込み上げて来ます。

赤ん坊のころから、その成長を見て、かわいいな、とは思っていましたが、ある程度の社会性を備えた年格好の子どもというものが、こんなにもかわいらしいとは!
日ごろ幼い子どもに接する機会のないわたしには、驚きの連続でした。
そして、言い知れぬ愛おしさを感じたのです。

もちろん、わたしは親ではないので、子どもがぎゃあぎゃあと騒いだり、だだをこねたり、泣いたりわめいたりした時に、上手になだめたり、厳しく叱ったりすることはできません。責任を持って育てることもできないし、毎日の子育ての大変さも知りません。言わばイイトコ取り。
けれど、何かがあったら、この子たちを全力で守ってあげたい。
そんな気持ちが湧き上がり、その初めての感覚に、我ながら驚きました。
教えられることは、たくさんあって、そんな姪と甥に出会えたこと、この世に生まれて来てくれたことに、ただただ感謝。子どもばんざい。

ちなみに、本日の写真は、本編に関係ありません。
奈良市内にある、わたしの大好きな喫茶店・クロコさんのコーヒー。あくまで「カフェ」ではなく、古き良き「喫茶店」です。わたしが幼い頃からそこにあって、変わらぬ味を伝えてくれています。これよりおいしいコーヒーは、めったにないと思う。
ほっと一息。ただただ感謝。クロコもばんざい。

Diary『コリをほぐす。』

最近スポーツジムに通い始めました。
おととしから去年にかけて、一時期夢中になって通ったジムでしたが、最近はすっかりご無沙汰に。ほとんど動かない毎日を送っていたら、あれよあれよと言う間に、どんどん太って来たのです。ちょっと食事を減らしたり、ビールを我慢した程度では、全く減らない体重。そして何より、日増しにぷよぷよと膨らむ、脇腹のお肉。こりゃいかん、というわけで、重い腰をようやく上げて、ジム通いを再開したのでした。

ジムに着くと、まず最初にストレッチをします。
やなせは体がめちゃくちゃ硬くて、どこもかしこもぜんぜん曲がらず、自力でストレッチをするのは一苦労。なので、ジムに備え付けのストレッチ器具を使います。イスのようなものに座って、その器具の補助を受ければ、硬い体でも無理なく筋を伸ばすことができるしくみになっているんですよ。こりゃすごい。固まっていた筋肉が、びーんと伸びてほぐれて、とっても気持ち良い。

その後、自転車こぎマシンに乗って、本を読みながら有酸素運動をします。
汗ばんで来たら、今度は筋トレマシンを7種類ほど。重点的に鍛えるのは、もちろん、ぷよっぷよの脇腹です。
ふと、マシンの説明書きを見ると「鍛えたい部位を意識しながらトレーニングを行うと、より効果的です」と書かれています。ふむふむ。わたしも脇腹に意識を集中させ「細くなれー。細くなれー。」と呪文を唱えるように、マシンをがちゃん、がちゃんと必死で動かしてみました。なるほど、確かにより鍛えたような気分になるものですな。

その後は、乗馬の体勢を取ることによって腰が細くなるというマシン、その名も“ジョーバ”に乗ります。馬の上の鞍のようなところにまたがって、ただゆらゆら揺れるこの機械、やってみても、ぜんぜんつらくないのです。こんなに楽ちんで、本当に腰が細くなるのかな、と少し心配しながらも、ひと休みを兼ねてゆーらゆら。
そして再び、自転車こぎマシンで、がっつり有酸素運動を。i-podでロックやファンクを聞きながらこぐと、激しい音楽に気分も盛り上がり、それはそれで楽しいものです。

その甲斐あって、脇腹はみるみるうちにスリムに。
なんてわけありません。そんなすぐに効果が表れるくらいなら、誰も苦労しないよね。
体重・体脂肪率も変化ナシ。相変わらずのぽっこりお腹です。

でも、体を動かすようになってから、肩こりや頭痛はぴたっと治りました。ほど良く疲れるので、夜はよく眠れるし、血の巡りが活発になるからなのか、体中のコリがほぐれると、心もなんとなく明るくなるんですよね。少し前までは、うじうじうじうじしていたけど、体を動かし始めてからは、落ち込まなくなりました。
やはり、痩せるとか痩せないとかいった問題ではなく、頭をからっぽにして、もくもくと体を動かすような時間も必要なのでしょう。これで心のコリも取れるのですね。

そんなワタクシ、お寺コンサートのため、明日から函館に行って参ります。
約1年ぶりの北海道上陸で、成長著しい姪っ子甥っ子にも会える~ん♪のがうれしいな(※わたしの兄一家は函館在住です)。
成長著しい、と言えば、我が家のアメショーこゆき(写真・メス2歳)が、最近急におとなっぽくなったのです。ふわふわの綿毛のような子猫らしい毛並みだったのに、突然しっとりしちゃって。体はふっくらして、それに伴い、動きもなんだかうっふん系に。なぜ?いずれにしても、カワイイことに変わりはないから、別にいいんですけどね。

ですが、やなせはそんなわけには参りません。
ふっくらしていても、ぷにぷにの脇腹はカワイイからいいんですけどね、なんて、そんなわけに行くかいな。これを打っている今、はいているデニムも、ぱんっぱんなんですから。
誘惑に負けて、函館の海の幸やチーズ、キャラメル、チョコなどを食べて成長しないよう、気をつけなくては。

では、行って来ます。にんにん。

Diary『4年後』

とうとう終わってしまいました。オリンピック。
基本的にヒキコモラーのワタクシは、開催期間中、そりゃあもうほぼ毎日、欠かさず観ていたのです。
いろいろな問題を抱えた祭典だと言われていましたが、でもやっぱり感動したなあ。毎日ドキドキわくわくの連続で、たくさんのドラマに夢を見せてもらいました。個人的には、女子レスリングの伊調姉妹が好き。かわいくて強くて、そしてあの素晴らしいコメントと笑顔。ステキ過ぎる。

毎日心の中はお祭り気分だったけど、始まってしまえば、あっと言う間だったな。
盛り上がった分だけ、なんだかさみしさもひとしおです。

4年後のロンドンで…というセリフが、閉会式の中継をしているアナウンサーさんから何度も出たけれど。
2012年。
自分がどこで、何をしているのかなんて、誰もわからないんですよね。

閉会式の映像をぼんやり眺めながら、わたしは、あと何回、こうして愛する家族の傍らで、のんきにオリンピックを見ることができるんだろう、と考えてしまったのは、今回が初めてでした。
実は最近、そんなことばかりに思いを巡らせてしまうのです。暗いねん。

いや、でも、正直言って、未来に希望を持つ、というよりは、明日が来ることが怖い。そんな心境なのです。
なぜなら―
生きている限り、自分の両腕の中から、いとおしい“今”がどんどん失われて行ってしまうから。
サヨウナラに向かって、自分は確実に歩いているから。
止められない流れの中にいる。そう思うと、思うだけで、泣きたいような、せつない気分になるのです。
でも、このままで時間が止まればいいのにな、と思うということは、それだけ今がしあわせってことなのかもしれないけど。
まあいずれにしても、オリンピック観戦でも何でも、とにかく二度と巡り来ることない今を、もっとたいせつに、いちにちいちにち、しっかり味わって生きてゆかなくっちゃ、と改めて思うのでした。

そんなこの頃、周囲は秋の気配に包まれています。
祭りの背中を見送ると、夏の終わりを告げる、冷たい風が、心の中を吹き抜けてゆきました。

Diary『暑中お見舞い』

申し上げます。いやー暑い毎日が続きますね。
みなさまお元気ですか?

今週はお盆ウイークなので、やなせはご門徒さんのお宅をお参りをしたり、うちのお寺の法要の準備をして、法要をしたり、他のお寺にお招きいただいたり…と、尼さんらしいお盆を過ごしています。

前回のダイアリーで、部屋の大掃除をしている、というようなことを書きましたが、汗だくになりながら、毎日ちょっとずつ進めていたら、おかげさまで数日前にようやく完了し、実にスッキリしました。
ゴミ袋5つ分(!)の物を捨て、本やCDを売り、新たに整理棚を3つ購入して、模様替えがてら、これまでよりも使い勝手が良くなるよう収納を工夫し…。
仕上げは「サッサ」であちこち磨き上げて、今はピカピカの部屋にいます。「サッサ」とは?紙ふきんの商品名で、名前通りさっと拭くだけで、あちらもこちらもピッカピカになるスグレモノ。モップの先にくっつければ、壁や窓、天井など、高いところもサササのサ。
でも、磨いたそばから、輝く床の上に、我が家のネコどもが抜け毛を撒き散らすのですが…とほほ。

それにしても、部屋がきれいだと、なんだか心もスッキリ軽くなりますね。汗もかいて気持ち良いし、夏に大掃除、これはオススメです。

そんなきれいになった部屋で、やなせは一体何をしているかというと、ほぼつけっぱなしのテレビの前で、オリンピック観戦三昧でございます。
日本人選手がメダルを取る姿を見るのは、本当に感動しますが、メダルうんぬんではなく、世界トップクラスの選手として活躍する方々は素敵だし、それは日本人に限ったことではなく、他の国の選手の超人的な技や記録を目の当たりにするのもまた楽しいものですよね。凄まじい努力と才能の上に成り立っている、奇跡的な技術の数々。感動です。

とは言うものの、この世では同時期に戦争やテロが起き、自然環境の破壊も進んでいます。それは悲しいことですが、人間は愚かである、とひとことで片づけることができない複雑な現実も背景にはあるわけです。
のんきにテレビを見ることしかできませんが、美しい自然が守られた地球の上で、私たちにんげんが単純にスポーツを楽しめる平和が、世界中の人々に等しく訪れることを、ただ祈っています。

そんなやなせ、しばらくお寺以外でのライブはお休み、と思っておりましたが、ひょんなことから、24時間テレビ関連のチャリティーイベント会場で、歌を歌うことになりました。
イベント会場は、約1年ぶりの訪問になる名古屋です。詳しくは、スケジュールのページをご覧くださいませ。
名古屋近郊にお住まいの方は、ぜひぜひお越し下さいね。

Diary『荷物の整理』

暑い毎日ですが、やなせは相変わらずの浪人生暮らし。
昼夜をほぼ逆転させながら、毎日部屋にこもって、ほとんど外に出ない生活を続けているうちに、ある時、自分の部屋の汚さにイラっと来たので、突如思いついて、部屋の大掃除を始めました。

と、言っても、わたしはそんなに散らかす方ではありません。
一度「ここ」と物の置き場所を決めたら、必ずそこへ戻さないと気が済まない性格なので、部屋が散らかってくちゃくちゃになるというような状態には、まずなりませんし、いらないものはさっさと捨てることが多いので、そんなにモノで溢れ返ることもないのです。
ですが。
生きていると、荷物ってどうやっても増えるんですね。

わたしが前に「ここ」と決めて大掃除をしたのは、確か5年前だったと思います。
5年も経てば、ビデオ(DVD)、CD、本、手紙、写真、仕事の書類やらなんやら、自分が書いた詩やら雑文やらの切れっぱし、いただきもの、鞄、服、美容グッズ…増えているんです。確実に。
そうなると、「ここ」には収まりきらなくなって来ていて、最近は何とかごまかして収納していたのですが、いよいよこりゃ何とかしなくては…と、思い始めていたのでした。

よし、と一念発起し、いらない本やCDなどを売りに行ったり、あれやこれやと捨てたりして、スペースを作りつつ、もうちょっと使い勝手が良い収納に変更しようと試みたり、いっそ模様替えをしちゃおう、と思ってみたり…。
そんなこんなで、あっちこっちひっくり返していたら、押入れから出て来た物に対して、またいろいろ気になってしまって、これまでざっくりとしか整理していなかった、昔の歌詞カードやら譜面やらフライヤーやらを、これを機に、年代別にファイルにきちんと収めようと試みてしまったりして…もう、かんたんには収拾がつかない状況になってしまいました。今も、まだ、半分くらいしか片付いていません。まだあと4~5日はかかるだろうなあ。ひー。

それにしても、どうしてこんなに増えてゆくのでしょう。
生きていると、絶対に増える荷物。押入れを占拠する「過去」たち。
どんどん捨ててしまえたらいいのにね。
でも、消せない昨日が積み重なって、今のわたしに至っている、と思うと、おいそれとは捨てられなかったりするんです。過去は所詮過去で、手を伸ばしても、もう絶対に届かないのに。
それに、明日、死んでしまうかもしれないのに。死んでしまえば、ぜんぶ置いて逝かなければならないのに。
何に執着して、何を手元に置いておこうとしているんだろうか、わたしは。
そう思いつつも、この度の大掃除でも、捨てられなかったものは結構ありました。

本当は、このまま何もかも手放して、ゼロからスタートできたらどんなによいだろうと思います。でも、わたしとして生まれて来たからには、死ぬまでわたし。そうかんたんにリセットできない、じんせい。
過去を背負って、整理をしつつ、今を生きてゆくしかないのでしょう。ささ、また掃除掃除。

そんなワタクシ、この散らかり果てた部屋を置いて、明日は地元・壷阪寺の花火大会でコンサートに出演いたします。ピアノは、おなじみ黒木千波留さん。
このライブが終わったら、一般公開のソロライブは、またしばらくお休みになります。
ちょっと不便な土地ですが、やなせの故郷ですし、情緒あふれるお祭りですので、関西の方は観光がてら、ぜひぜひお越しくださいね。
いつも心よりお待ちしております。

Diary『心願成就祈願とブッダブーム』

スケジュールのページ夕空メロディのページにも載せていますが、8月2日(土)に奈良県高市郡高取町にある壷阪寺で開催される「納涼花火大会」で、やなせは花火打ち上げ前にコンサートをさせていただきます。
本日は、その宣伝ということで、壺阪寺のお坊さまといっしょに、橿原市役所内にある記者クラブへ行き、その後、下見を兼ねて、お寺へ行って参りました。

わたしの地元(同じ町内)なんですが、入山するのは約20年ぶりでしょうか。。。大人になってから、ちゃんと観光させていただくのは初めて。
お寺は山の上にあり、同じ町内とは言え、人里離れた別世界です。
静かな境内は広く、建物もとても立派で、いろんな石彫や、インドの画家さんがお描きになったブッダの絵もあったりして。なんだかわくわく。
写真は、最近インドから、海を渡ってやって来たという仏さま。青空の下、どどどん、とお座りなのです。

この壺阪寺さんは、単立寺院ですが、もともとは真言宗。我が家も一応は小さなお寺ですが、うちとは教義も習慣も全く異なる、密教と言われる宗派です。
実は先日、ご縁があってコンサートにお招きいただいた奈良県明日香村の岡本寺さんも、おなじく真言宗でした。岡本寺のご住職は、壺阪寺にゆかりがあるそうです。

岡本寺さんでも、壺阪寺さんでも、護摩焚きというものが行われます。それは、護摩木というお札のようなものに、願い事と名前を書いてお供えするのですが、それをお坊さまが燃やしてくださり、その際にお祈りしていただくのです。

やなせ寺では、おなじ仏教寺院とは言っても、護摩は焚きません。また、願い事をお祈りする、という習慣もないのです。
これは、宗派によって異なるのですが、浄土真宗では、仏さまの前で手を合わせるときは、報恩の気持ちでお念仏をすることになっているのです。つまり、仏さまに「いつも見守ってくださってありがとう」と、そのご恩に報いる感謝の心で、手を合わせるというわけです。
まあ、それはそれでいいんですけど、わたくしどもは、煩悩いっぱいのにんげんですからね。いつも「ありがとう」ではおさまらない心も持っているわけです。当然です。

なので、浄土真宗の尼僧だとは言え、願い事を書いて燃やしてお祈りすることも、たまにはいいではないか、と思い、岡本寺さんでも壷阪寺さんでも、2度も護摩木に願いを書いてしまいました。
心願成就!!!ナムナムナム…欲望にまみれた気持ちとは言え、こちらも必死ですから。とりあえずは、一心に祈ります。

その後、この祈りは仏さまに届くかな、とドキドキしながら引いたおみくじは「小吉」。むむ…微妙。
おみくじの内容は…
あなたの願いはがんばれば叶うかもしれませんが、気を許すと叶わなくなります。
が、強く信じれば叶います。
が、気を長く持たないと叶いません。
ってどっちやねん。
というような結果でした。「うまいこと書いてあるんですわ」と壷阪寺のお坊さま。ほんと、そうですね。
じんせい、そんなものなのでしょう。

それにしても、こういうおおきなお寺に来ると、ブッダの教えをもっと勉強したいなあ、と突然思ったりします。
まあそれには引き金が他にもあって、先日、岡本寺さんで、ひとつのマンガと出会ったことも影響しています。
そのマンガとは、手塚治虫さん作の『ブッダ』。
控え室代わりのお部屋の前の、本棚に置かれていました。ひょい、と思いつきで読み始めたのですが、これがおもしろくってやめられず、結局買って来て、家で続きをむさぼるように読みました。感動。

ブッダなんて伝説の人、いや、実在していたかどうかも疑わしいくらい、その存在がわたしからは遠く思えていたけれども、いやいや違うんだ、きっと、現代に生きるのわたしたちのところまで届くように、そして、もっともっと先の未来まで、その教えを伝えるために、この世に生まれてくださったんだ!なんて。まんまと尼さん魂をくすぐられてしまい、胸が熱くなり、思わずほろり(笑)。

それ以来、どうも自分の中で、ブッダブームが起きているんです。
浄土真宗の教えだけではなく、もっとおおきな仏教を学びたい。
そう感じていて、今日壷阪寺さんにお参りしたものですから、インド生まれの石仏を前に、ますますブッダへの熱い想いが湧きあがって来たというわけです。

わたしは、一応僧籍を持っていますが、超へなちょこ、ぺーぺー尼さんです。
高校生の頃は、比叡山系の四天王寺学園へ通っていたので、かなり仏教に関心が強く、大学に入ったらめっちゃ仏教を学んでやるぜ、と燃えておったのですが、まー若者の考えることですからね。大学に入れば、誘惑いっぱい。最初の決意はどこへやら、思いっ切り遊び呆けて、勉強なんてろくにできないまま、卒業してしまいました。

でも、ここに来て、もっと勉強したいなあ、なんて。
思春期の頃、真剣にお坊さんに憧れたことを、少し想い出すやなせでありました。

追伸
壷阪寺の花火大会、お近くの方はぜひぜひお越しくださいね。
いつも心より、お待ちしております。

Diary『33歳』

気が付けば、前回の更新から、早1ヶ月…。あっと言う間だったなあ。
最近、大したことなど何もしていないのに、時の流れがとても速く感じてしまうやなせです。

昨日は誕生日でした。
33歳になりました。
ま、32歳も33歳も、さして変わらないし、これといったイベントもなく、特に感慨とかはないんですけどね。ははは。
今日の画像は、仕事でもよくお世話になっている、デザイナーのお友達が書いて送ってくれた絵です。実は、彼女もわたしもネコが大好きで、お互いの家のネコ写真を、時どき交換しているのですが、この絵は、ウチの子たちと、彼女の家のネコちゃんがモデルなのです。うれしくて、アップしてしまった。

去年の今頃は、CDを発売したばかりでした。
何とか、ひとりでも多くの方に聴いていただきたくて、あっちこっちと走り回っていた夏。きのうのことのように思い出すけれど、もう1年か。あの時に比べたら、あたしゃ何をやっとるのでしょうか。がんばらんといかん。

そんなワタクシ、このところ超インドア生活。ぼつぼつと曲を作って、ちょこっと仕事をして、息抜きにごはんを作り、お笑い番組を見て、ネコと戯れ、たまに仏さまに手を合わせたり、友達と遊んだり、働いたりして、力尽きたら寝る。もちろん、時々歌いに出かけることもありますが。でも、まあほぼ、前述した日々、そのくりかえしで、楽しみといえば、晩酌です。おっさんか。

と、言っても、わたしはもともとお酒が強くありません。なので、ほとんど飲めません。強くないくせに、あの酔っ払った時の、ぽわ~んとした感覚が好きでして。
それと、わたしは酔うと、何だか気が大きくなるところがあるのです。ふだんは、どちらかというとチマチマ・うじうじした、神経質な小心者なので、あの「どうにでもなれーわっはっは」というような心もちが、すごくしあわせに感じるのです。今よりもうちょっとだけ若かったころは、お酒のイキオイを借りて、好きな男子に告白したりしたものでした。まあ、今はさすがに、そんなことはしませんけど。
というか、恋なんて、くそくらえですけど(まあ下品ですこと)。

なんてことを言って、毎日ろくに動きもせず、ビールや梅酒ばかり飲んでいたら…
太りました。
それも、かなり。
下着やジーパンや服が…これまでに経験したことがないほど、きついのです。どうしよう。
ある時は、頭がくらくらするほど、しめつけられていると感じたこともあり、これはいよいよ現実を直視するときが来たな、と気を引き締めました。と、いうわけで、ここ数日は飲んでいません。
ビールが欲しいときは、スパークリングウォーターを飲むのです。糖分ゼロの、ただの炭酸水。これ、友達に教えてもらった飲めない時の良い方法なのですが、あとひとつゼイタクを言うなら、ここに苦味があったらなーと思ったりしてしまうので、今日は大好きなコーヒーといっしょに飲んでみました。炭酸+苦味=ビール、と考えたのです。
結果はね。
正直言って、まずいです。
しゅわしゅわっとした感触の、コーヒーなのです。
しかも、薄味です。薄いコーヒー。全くの、コーヒーです。
そんなものを、真面目に飲んでいる自分がおかしくて、今日はひとりで笑っていました。

そんなことをしているだけの、たいへん愚かなわたしに、何人かのひとが「おめでとう」と声をかけてくれました。
そうね。
炭酸コーヒーを飲んで笑っていられるんだもの。なんておだやかな誕生日なのでしょう。
おめでたい。ありがたい。

みなさまの愛を胸に、あしたからも、一日一日噛みしめて、がんばろう。

Diary『君がいてくれたら。』

相変わらず、時間がある限り、できるだけ部屋にひきこもっているやなせです。元気の源は、北海道産・バンビの生キャラメル。これ、お値段はひと箱630円と、ちょっとお高いんですが、めっちゃめちゃおいしいのですよ。パクっとひとくち食べたら、頭がきりりとします。ですが、これじゃあ太るばかり。いかん。

そんな今日この頃、奈良県内にあるカフェ・ナナツモリさんへ行って来ました。
ナナツモリさんは、1階がカフェで、2階が写真館。このホームページで使用しているやなせの写真は、オーナーであるカメラマンの田村広司さんに撮っていただいたものです。

ナナツモリさんのオーナー夫妻は、すごくセンスが良いのです。カフェはほっこりくつろげる雰囲気で、時間の流れがゆるやか。それに、おしゃれな家具や雑貨、食器、観葉植物もいっぱいで、わくわくしてしまうのでした。写真は、カフェに飾ってあった、レトロなミシン。素敵でしょ。乙女心(?!)がくすぐられます。
他にもいろいろ素敵なものがあって、見ているだけでテンションが上がり、思わず携帯カメラで撮ってしまったので、また載せてしまうかもしれません。

今回は、初めてランチをいただきました。
ランチのプレートには、からだにやさしいおかずがいっぱい!絶品・カリカリごぼうが乗ったサラダに、かぼちゃのグラタンや、じゃがいもと枝豆のコロッケ、ゆずこしょう風味の鶏肉など、めっちゃおいしくて、種類も豊富。そのおかずプレートに加えて、えんどう豆のスープ、雑穀米のごはん、デザート付きで950円也。ボリュームも十分で、めちゃお得。奈良の方は、ぜひ行ってみて下さいね。オススメです。

それにしても、誰かとおしいいものを向かい合って食べる、ということは、ほんとうにしあわせなことだなと思う。
もちろん、ひとりでごはんを食べても良いのですが、どんなに高級なお料理が並んでいても、どんなにお金がいっぱいあっても、やはり人は、向かい合う他者が必要。ひとりでは生きてゆけないな、としみじみ思うのです。

先日、秋葉原で無差別殺人事件が起きました。何の理由もなく、一瞬で命を奪われた方、そのご家族、お友達…心中を察すると、胸が痛くてたまらない気持ちになりますし、決して許されないことであることは間違いないけれど、同時に、殺した男性の孤独を思うと、やりきれない思いにもなるのです。
彼女がいなくてつらい、とケータイの掲示板に書いていたとのこと。
大変バカげた想像ではあるけれども―
もしかしたら、誰かひとりでも、彼というひとを理解しようとして、だいじょうぶだよ、と言ってあげていたら。
そのことばが彼の心の奥に、ほんとうに届いていたら。
あの事件は起きなかったかもしれないのかな、と、思ったりして、わたしは、何だかとてもせつなくなりました。
でも、失われたかけがえのない命は、決して戻らない。彼は、愛されたいと願うあまり、生きていたいと願うあまり、他者もそう願って生きていることを、想像できなくなってしまったのかもしれません。自分が刺したひともまた、誰かと向かい合ってごはんを食べることをただ望んでいるだけの、か弱く孤独な生き物であることを、殺人の瞬間は、おそらく認識できていなかった。その結果、絶対に許されないことをしてしまったのでしょう。

死、と言えば。
わたしが住む村を歩いていたら、通りすがりの畑から、ご門徒のおばあさんが誰かとお話しているのが聞こえました。
「そんなかんたんには死なれへん。死ぬまでたいへんや。」
おばあさんは、93歳。曲がった背中を、さらに折り曲げて、しわしわの手で、土を耕していました。
おばあさんは、先日息子さんを亡くしました。それまで、息子さんと並んで耕していたであろう畑に、今はひとりで向かっているのです。強い背中でした。

にんげんの一生は、一寸先も闇です。かなしい出来事は、いくつもいくつも起きている。誰かの身の上にも、あなたの身の上にも、わたしの身の上にも。
でも、生かされている間は、死ぬまで、きちんと、生きてゆきたいと、ごはんをもぐもぐ噛みしめながら思いました。
そして、目の前で笑ってくれる、自分ではない誰かを、たいせつにしたい、と。

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