New Album 「遠い約束」

『ほかほか』

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1月28日は、福島市のMAGIE NOIRさんでの初ライブでした。
今年初めてのやなせななライブ!そして福島初上陸!でした。
お寒い中をお越しくださったみなさま、お世話になったスタッフの方々、ほんとうにありがとうございました。
また、ライブ終了後に声をかけてくださったり、また、後日メールで感想をいただいたり、このダイアリーのコメント欄にもメッセージをいただいたりして、それらみなさんのことばに触れると、とてもうれしく、たくさんたくさん元気づけられました。
ありがとう。
わたしが歌を作り、歌いながら、いろんなことを考えるように、わたしの歌を聴きながら、何かを感じたり考えたりしている誰かの心を知ることができるのは、とてもしあわせな不思議です。
帰りの新幹線の中では、そんな遠くて近いぬくもりに包まれている今が、あまりにあったかくて。またしても、ぼろぼろと涙を流してしまいました。

そして、私のライブの翌日29日には、EPOさんのライブを見に、宮城県は白石市のカフェミルトンに行って来ました。
EPOさんといえば、昔わたしの兄が大ファンで、幼い頃から耳にしては歌っていた、遠くて大きな憧れの存在。
ドキドキしながら、とても近くで、初めてライブの歌声を聴きました。
歌、というよりも、何かもっと大きな、生身の人間の“表現”。
EPOさんのライブは、人が生まれて、日々を生き、そして死んでゆくまでの、その営みの不思議さや、永遠に解けない謎のような、今ここにいることの意味を、感じ考える時間を、わたしに与えてくれたような、そんな気がしましたね。
決して広くはないミルトンのステージが、宇宙に向かって、ぐんぐん広がってゆくのを感じました。
単なる音楽ライブを超えたライブ!いやぁ感動しましたよ~!
ミュージシャン生活が25周年(!)のEPOさんの歌声には、長い年月を重ねて熟成された魅力と同時に、いつまでも新しい音楽を探し、胸を躍らせているピュアな心の輝きの、その両方が感じられて、ほんとうに素敵でした。

そんな熱い興奮をおみやげに、わたしはまた東海道を西にひた走り、ふるさとに帰って来ました。
今週は日本全国が寒波に襲われている様子で、関西も寒いです!
でも。
心はほかほか。

追伸/我が家のタビオもほっかほか。

『冬の日』

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相変わらず、日本全国で寒い毎日が続いているようです。
実はわたし、体調を崩しました。
最近新聞やニュースで頻繁に取り上げられていた(ノロウイルスのような)激しい胃腸炎に突然襲われてしまったのです。
最悪だった体調も、ここ数日はようやく症状も落ち着き、元気も出て来ましたが…。
みなさんも、お体には充分気をつけてくださいね。

さて、話は変わりますが、今年は阪神大震災からちょうど10年目ですね。
このところテレビで放送されていた特集番組を、わたしもずっと見ていました。
10年前は、あまりにショックが大きすぎて、神戸の街が震災に遭ったことを直視することができなかったため、わたしは関西に住んでいながら、震災の現実をほとんど知らずにいました。
が、こうして改めて報道される神戸の姿を見ると、10年経った今も、復興の影で多くの被災者の人々の悲しみが続いていることが、ひしひしと伝わって来ました。
家族を失って泣いている方の姿を見ると、決して癒えることのない深い悲しみというものが、この世には確かに存在するのだと、思い知らされるような気がして、胸が痛みました。
震災後、生活の様々な面で生じた問題点も、まだまだ改善されていないことも多いようです。

昨年も、世界中が多くの自然災害に見舞われた1年でした。
自然の猛威の前に犠牲となり、行き場のない悲しみを抱えている人は本当にたくさんいて、このわたしもまた無力な人間のひとりなのだと、痛いほど感じる今日この頃です。

『遠く』

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このところ、とても寒い毎日が続いています。東北や北陸は、記録的な大雪に見舞われているとのこと。
中越地震の被災地の人が、仮設住宅の雪かきをしている様子がニュースで放送されていて、「こんなことではくじけませんよ」とインタビューに笑って答えているのを見ました。強い姿でした。

わたしはというと、家にいるときは、こたつからほとんど出ることができません。
きのうは、今年届いた年賀状の整理をしていました。年賀状といえば、1年間全く音沙汰のなかった、意外な人からも届きます。印刷の絵の下にひとこと、近頃はこんなことをしています、というような近況が書かれていると、ああ、元気で暮らしているんだな、そして、こんなにも遠くなったわたしのことを思い出してくれたんだな、と感じて、心があたたかくなるものです。
年賀状の中の、なつかしい人の写真や、変わらない癖のある文字などを、ぼんやりと眺めながら、忘れかけていた日々のことを、わたしはひとり、ぽつりぽつりと思い出していました。

詩人・青木景子さんの作品に“かつては年賀状を出すことさえためらうほど恋した相手に、今は自分の子供の写真入りの年賀状を送っている”というような内容の詩がありました。
「結婚」とかいう題名だったような。高校生の頃にそれを読んだわたしは、そんなデリカシーのない大人にはなりたくないものだ、と思っていましたが、今は、その意味が少しだけわかるような気がしています。

昨夜遅く、思いつきで古い友人に電話をかけました。
とても遠くの町で、お互いの知らない人にかこまれて、全く異なる生活を送る、たいせつなひと。これといって何か特別な話をしたわけではないけれど、気がつけば何時間と話し込んでいました。クダラナイ冗談に、たくさんたくさん笑いました。

遠くつたわる想い。つながる心と心。
愛し合うことは決してかんたんではないけれど、わたしはひとりじゃないんだ、としみじみ感じたいちにちでした。

『謹賀新年。』

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あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

年末年始、みなさんはいかがお過ごしだったのでしょう。ふるさとに帰省された方、お休みなしで働いていたという方、忘年会にカウントダウンに新年会と忙しくされていた方…ゆく年を惜しみながら振り返り、来る年に希望を託す。たくさんの方が、さまざまな形で、それぞれの新年を迎えられたことと思います。謹賀新年。

わたしは、というと、ずーーーっと家にこもっておりました。何をしていたか。
何もしておりません。風邪気味だったせいもあり、とにかくごろごろごろごろ。
じゃがいもになる寸前の生活でした。
帰省した家族たちのにぎやかさから離れて、日頃あまり見ないテレビを、ひとりのんびりと見ていましたね。年末年始のお笑いの特番や、あとはビデオです。ビデオは、映画もいくつか見ましたが、一番ハマってしまったのは、韓国ドラマの「秋の童話」でした。
これは、今や社会現象となった“冬ソナ”こと「冬のソナタ」を制作したユン・ソクホさんが監督の作品。古い少女漫画のようなストーリー展開にあっさり夢中になりましたが、それよりも心を奪われたのは、ウォンビンという俳優さんです。他の男性を愛する悲運のヒロインを、かなわぬ恋と知りながらも、ひたすら想い続けるというかわいそうな役柄。でも、何があってもヒロインを支えるその姿には、強さと明るさが光っていて、いや~かっこよかった~。他の作品も見たいです。

なあんて。新年早々なんてミーハーなお話で失礼いたしました。
今年もこのダイアリーを…よろしくお願いします。

『良いお年を。』

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あっという間に、2004年とうとうもおわりですね。暖冬だったせいか、年末って感じがあまりしないまま、気がつけば、これが今年最後のダイアリーとなります。

12月は、18日の東京・上智大学でのめぐこチャリティーコンサート、そして23日には宮城・ミルトン10周年記念CD制作のホワイトキューブコンサートと、この1年大変お世話になった桑山哲也さんとバンドの皆さんとご一緒させて頂きました。あの空間を共に分かち合うことのできた皆さん、足を運んで下さった多くの方々、ほんとうにありがとうございました。

この1年を振り返ると、やなせななにとっては、いろんな事があり過ぎて、時の流れをとても早いもののように感じた年となりました。
関西以外で場所でのライブ、このホームページのオープン、CDの発売、憧れの方々との共演、CMソングの制作…など。今年は初めて経験することがほとんどで、体験しなければ知り得なかったたくさんのことを学んだような気がしましたし、その中で多くの人と様々な出会いを重ねました。
いっぱい泣いて、いっぱい笑った年だったように思います。

来たる次の年には、あれもしたいこれもしたいと、ひとり密かにいろいろとたくらんでおります。先のことは何ひとつわからないけど、新しい夢が生まれ、そして少しずつかなってゆくといいな、と思っています。これからもやなせななをどうぞよろしく!

今年お世話になった全ての皆さんに。
ありがとうございました。

そして、どうぞ良いお年を。

「大人の音楽館」

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 早いもので、もう師走。いよいよ今年もおわりに近づいているのですね。大好きだったNHK大河ドラマの『新選組!』も、とうとう最終回だ…。さみしくなります。
 写真は、毎年この時期に飾るサンタクマ。ちょっと謙虚な感じが、たまらなくかわいらしいのです。メリークリスマス。

 さてさて、今日はみなさんにご報告です。
 このサイトの「News & Topics」にも掲載しておりますが、ワタクシやなせななは、12月7日発売の週刊誌『サンデー毎日』の「大人の音楽館」という音楽ページに取り上げていただきました。もしよろしければ、ぜひぜひ、ご覧くださいね。
 ライターの川井龍介さんという方が書いておられるこの連載、実はわたしも以前から時々読んでいて、素敵だなあ、と思ったときには、そこで紹介されていたアーチストのCDを買い、切り取った記事を挟んで残しておいたこともあったのでした。
 だから、取材を受けたときは、内心ほんとうにうれしかったのです。

 取材では、当然のことながら、音楽活動についていろいろと質問を受けます。尋ねられたことについて、ことばで「答え」を作り出してみて、その時初めて気づくこと、考えさせられることも、少なくありません。
 そんな、決してまとまりがあるとは言えない、わたしの拙いことばたちに、ていねいに耳を傾けて、やさしい表現でわたしの歌を紹介してくださった川井さん、ありがとうございました。

 発売日。できたてほやほやの『サンデー毎日』を手に、これからもわたしはゆっくりゆっくりわたしの歌を探し、歌い続けてゆきたいと、心から思いました。

自分の感受性くらい

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 前回のダイアリーで「わたくしもがんばるぞ」なんてことを書きましたが、現在は毎日歌作りに悪戦苦闘しています。
 広いテーブルの上に、歌詞を書くためのワープロと、曲を作るための打ち込みの機械を置き、メモ用紙をくちゃくちゃっと広げて、イスの上に正座して、腕組みをしたり頬杖をついたりしながら、うーむうーむと考え考え、ことばや音を探します。ばらばらのパズルを組み合わせる作業に似ているような。
 なかなか進まない時は、気晴らしにネコを撫でます。それでも進まずに、むなしく時間だけが流れてゆく場合は、あきらめてチョコをぱくぱく食べながら、お笑い番組を見たりしてるうちに寝てしまいます。いかんいかん。

 こないだは「曲作りが進まないのは、この部屋が汚いからなのだ」と、突然部屋が片付いていないことにイライラして、作業は中断、急遽部屋をそうじすることにしました。
 ちょこっとおそうじのつもりが、いつしか大がかりに。力まかせに押入れの扉まで外して、大々的に整理をしていたら、中から最近読まなくなった詩集がいくつか出て来ました。その中から、中高生の頃わたしが大好きだった女流詩人たちの歌が集められた1冊の本を発見。ページを開くと、実にうつくしい言葉たちがたくさん目に飛び込んで来たのです。
 高田敏子さん、新川和江さん、石垣りんさん、滝口雅子さん…戦後間もない時代に書かれた女性たちの歌は、奥ゆかしさの中にも凛とした強さのあるような、きりりとした詩。ああなんてうつくしい世界なんだろう。うっとりしながらページをめくっていると、茨木のり子さんのこんな詩を発見。

「自分の感受性ぐらい/自分で守れ/ばかものよ」(一部抜粋)

 この詩を読んだ瞬間、なんだか心をぴしゃり、とたたかれたような、そんな感覚になりました。厳しい先生にしかられた子どものような気分。
 そうなのだ。なにが大そうじだ。押入れの扉など外している場合じゃないのだ。チョコなんか食べながら、だらしなくいねむりしてる場合じゃないのだ。

 自分の感受性くらい―。

 ハイ。
 そしてわたしは背筋を伸ばし、またテーブルに向かいます。かたわらのネコは、いつだって夢の中。

 窓の外、今夜はやさしい雨が降っているようです。

コンサートにゆく。

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 先週わたしは4つのコンサートを見に行って来ました。渋谷のシアターコクーンというホールに、クミコさん、浜田真理子さん、吉田美奈子さん、という3人の方のコンサートを見に。今回、たまたま同じホールで3日間連続してわたしが見たい公演があったため、毎日通うような形になりました。
 そして1日おいて、二胡奏者のジャー・パンファンさんを見に、原宿のクエストホールへ(こちらは、ゲストが桑山哲也さん)。ライブ三昧の1週間でした。

 どのコンサートも、同じ“音楽”とはいえ、当然のことながら全く異なる演奏形態と、それぞれにまるで違った表現方法があり、目の前に広がる世界はどれも圧巻で、ひとことで言えば、とにかく連日感動しました。

 余計なものを一切なくしたステージの上にピアノ1本で登場し、繊細な歌声を聴かせてくださった浜田真理子さん。21人の管楽器をバックに、まるで“歌のかみさま”のように力強くダイナミックに、自由自在な歌声を聴かせてくださった吉田美奈子さん。その音を1フレーズ耳にしただけで涙があふれてしまうほどの、大いなるやさしさにあふれた演奏を聴かせてくださったジャー・パンファンさん。

 どの方もとても素晴らしかったのですが、そんなコンサートの中でも、特にわたしの心に深く残ったのは、クミコさんのライブでした。ことばのひとつひとつ、その端々にも魂や情熱、いのちそのものの力を感じる歌声、そしてステージ上の美しい動きと、遠くから見てもよくわかる豊かな表情。それらが重なり合って、1曲1曲の物語を紡ぎ出す素晴らしさ。
 初めて聴いたたくさんのシャンソンは、まるでお芝居を次々と見せられているようでほんとうにおもしろく、時には甘く、時にはせつなくて…。なんて表現すればよいのかわかりませんが、とにかく聞き手の心を揺さぶる“すごい”歌声なのです。
 クミコさんって、今50歳だそうで、おそらくこれまでいろんなご経験を経て、今の歌を歌っておられるのだと思います。年齢なんて関係ない、とも言えるのかもしれませんが、やはり、長い間歌い続けて来られた方でないと、歌うことのできない歌がある、と感じました。きらきら輝くクミコさんの笑顔が、今も忘れられません。

 いろんな方の“音”の美しさに触れた数日間。
 心の洗濯をして、さあ、あしたから、わたくしもまたがんばるぞ、と誓ったのでした(笑)。

太陽が沈みゆく先に

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 先週わたしは、数日間のヨーロッパ旅行に行って来ました。ブダペスト(ハンガリー)、ウイーン(オーストリア)、プラハ(チェコ)という、3カ国3都市を回る旅です。中世の香りが色濃く残る街を歩き、古い大聖堂やお城を見学して、ふだんはめったに耳にすることがない古典音楽を聴き、カフェでは甘くて大きなケーキを食べ、新旧さまざまな美術品を見て、お肉とじゃがいもの料理で黒ビールを飲む。そして街から街へと、広がる田園風景を眺めながら移動する…そんな旅。

 気候や風土、地形などが異なると、育つ植物ひとつとっても日本とはまるで違うし、建造物、食事、宗教、慣習といった文化も、そんな自然環境に影響されてか、わたしが慣れ親しんだものとは、全く異なるもの。見るもの聞くもの、ほんの少し触れただけの“西洋”に、わたしは驚きの連続でした。ちなみに写真は、チェコの森で拾った葉っぱ。

 あるカトリックの教会を訪ねたとき、現地のガイドさんが「ここでは東に向かって礼拝します。太陽が昇る方角だからです。」と説明してくれました。
 わたしがふだん家で手を合わせている仏さまは、西にいると言われています。ならば太陽が沈む先で待つかみさま、ということにでもなるのかな…。

 そのときふと、以前、能楽を習っていたときに聞いた、東西の舞踏を比較した話を思い出しました。西洋のバレエはつま先で立ち、上へ上へと飛び上がり、天に向かって花を咲かせようとする舞い。一方、日本の能は、大地を踏みしめて、下に下に響きを求める舞い。また、花がいつまでも散らないことを願う西洋の舞に対して、花が散りゆく姿を見届けようとする日本の舞い。
 なんだったか、そんな内容だったような…。
 もちろん、西洋のダンスはバレエだけではないし、日本の舞いも能楽だけではありません。だから、すべてが今の話に当てはまるわけではないと思うけれど…。
 でも、ひとつ、もののとらえ方として、先の教会の話とだぶるような気がしました。

 仏教のすべての仏さまが、西にいるわけではありません。また、西洋の教会が、必ずしも東に向かって礼拝するとも限らないでしょう。でも、散りゆくもの、去りゆくもの、沈みゆくもの、そんなさだめを憂いつつも、受け入れ、その様を敬う。そんな考え方が、日本の文化の中には存在しているような気がしました。

 昇る太陽に背を向けて、沈みゆく光に手を合わせる。か。

 陽光に透けて輝く、教会のうつくしいステンドグラスに見とれながら、ふだんは考えない、自分の国のことなどをむにゃむにゃ思い巡らせたりしていました。

…あれ。旅行記を書こうとしていたら話がかなり脱線してしまったような…。とりあえず、今回は長くなったのでこのへんで…(汗)。つづく。あはは。

追伸・わたしが旅をしている間に、日本では台風に地震で、多くの方が大変な被害に遭われたのですね。そして今も、不自由な生活を強いられている方がたくさんおられるとのこと。胸が痛みます。天災ばかりは、わたしたち人間にはどうすることもできませんが、今はただ、各地の1日も早い復興を願っております。

ただいま。

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 なぜでしょう。長い長い旅から帰って来たような気分。
 大阪の晴れた夕空を見上げながら、大きく息を吸い込むと、かすかにキンモクセイの花の香り。わけもなく、はらはら泣けて来ました。不思議。

 実は、このサイトのスケジュールでもご案内しておりましたが、先週わたしは3つの街でライブをさせていただいたのでした。12日は、前回のダイアリーでも書きました、尊敬する桑山哲也さんとの初共演となった京都ライブ。続いて14日は、出させていただくのが3度目となる、東京は吉祥寺のスター・パインズ・カフェさんでのライブ。そして17日は、宮城県白石市のカフェミルトンさんでの2度目のワンマンライブ。それぞれの街で、しばしのあいだ立ち止まり、耳を傾けてくださったすべてのみなさま、ほんとうにありがとうございました。

 今回、わたしは歌いながら、たくさんの方の顔を見ました。はじめまして、の方。お久しぶり、の方。いつもお世話になってます、の方。直接ことばを交わすことのできなかった方も、もちろんたくさんありましたが、ライブという短い時間の中で、「こんにちは」と「ありがとう」をくりかえし、そのたびわたしは、出会えてとてもしあわせなのに、さようならがつらくて泣きたいような、そんな気持ちになりました。

 短い人生の中で、たくさんの偶然が重なり合ってやっと出会えた、とおい誰かのこころ。2度と巡っては来ない一瞬を、惜しむこともなく、傲慢に、わたしは生きているけれど。
 歌いながら、わたしの目の前に広がるまなざしに、こころいっぱい感じました。今ここで、あなたと出会えてよかった、と。

 ほんとうにありがとうございました。わたしはしあわせです。またどこかでお会いできる日を、楽しみにしていますね。

 そうして実際の時間よりも、長いながい旅から帰ったような気分になったわたし。家の玄関を開けると、飼いネコのたびおがちょこん、と座っていて、見ると、冬仕様の毛並みに生え変わり始めている様子。茶色のその毛は、くりまんじゅうみたいにつやつやで、あまりにもまん丸なので、思わず笑ってしまいました。

 ただいま。

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