New Album 「遠い約束」

Diary『心願成就祈願とブッダブーム』

スケジュールのページ夕空メロディのページにも載せていますが、8月2日(土)に奈良県高市郡高取町にある壷阪寺で開催される「納涼花火大会」で、やなせは花火打ち上げ前にコンサートをさせていただきます。
本日は、その宣伝ということで、壺阪寺のお坊さまといっしょに、橿原市役所内にある記者クラブへ行き、その後、下見を兼ねて、お寺へ行って参りました。

わたしの地元(同じ町内)なんですが、入山するのは約20年ぶりでしょうか。。。大人になってから、ちゃんと観光させていただくのは初めて。
お寺は山の上にあり、同じ町内とは言え、人里離れた別世界です。
静かな境内は広く、建物もとても立派で、いろんな石彫や、インドの画家さんがお描きになったブッダの絵もあったりして。なんだかわくわく。
写真は、最近インドから、海を渡ってやって来たという仏さま。青空の下、どどどん、とお座りなのです。

この壺阪寺さんは、単立寺院ですが、もともとは真言宗。我が家も一応は小さなお寺ですが、うちとは教義も習慣も全く異なる、密教と言われる宗派です。
実は先日、ご縁があってコンサートにお招きいただいた奈良県明日香村の岡本寺さんも、おなじく真言宗でした。岡本寺のご住職は、壺阪寺にゆかりがあるそうです。

岡本寺さんでも、壺阪寺さんでも、護摩焚きというものが行われます。それは、護摩木というお札のようなものに、願い事と名前を書いてお供えするのですが、それをお坊さまが燃やしてくださり、その際にお祈りしていただくのです。

やなせ寺では、おなじ仏教寺院とは言っても、護摩は焚きません。また、願い事をお祈りする、という習慣もないのです。
これは、宗派によって異なるのですが、浄土真宗では、仏さまの前で手を合わせるときは、報恩の気持ちでお念仏をすることになっているのです。つまり、仏さまに「いつも見守ってくださってありがとう」と、そのご恩に報いる感謝の心で、手を合わせるというわけです。
まあ、それはそれでいいんですけど、わたくしどもは、煩悩いっぱいのにんげんですからね。いつも「ありがとう」ではおさまらない心も持っているわけです。当然です。

なので、浄土真宗の尼僧だとは言え、願い事を書いて燃やしてお祈りすることも、たまにはいいではないか、と思い、岡本寺さんでも壷阪寺さんでも、2度も護摩木に願いを書いてしまいました。
心願成就!!!ナムナムナム…欲望にまみれた気持ちとは言え、こちらも必死ですから。とりあえずは、一心に祈ります。

その後、この祈りは仏さまに届くかな、とドキドキしながら引いたおみくじは「小吉」。むむ…微妙。
おみくじの内容は…
あなたの願いはがんばれば叶うかもしれませんが、気を許すと叶わなくなります。
が、強く信じれば叶います。
が、気を長く持たないと叶いません。
ってどっちやねん。
というような結果でした。「うまいこと書いてあるんですわ」と壷阪寺のお坊さま。ほんと、そうですね。
じんせい、そんなものなのでしょう。

それにしても、こういうおおきなお寺に来ると、ブッダの教えをもっと勉強したいなあ、と突然思ったりします。
まあそれには引き金が他にもあって、先日、岡本寺さんで、ひとつのマンガと出会ったことも影響しています。
そのマンガとは、手塚治虫さん作の『ブッダ』。
控え室代わりのお部屋の前の、本棚に置かれていました。ひょい、と思いつきで読み始めたのですが、これがおもしろくってやめられず、結局買って来て、家で続きをむさぼるように読みました。感動。

ブッダなんて伝説の人、いや、実在していたかどうかも疑わしいくらい、その存在がわたしからは遠く思えていたけれども、いやいや違うんだ、きっと、現代に生きるのわたしたちのところまで届くように、そして、もっともっと先の未来まで、その教えを伝えるために、この世に生まれてくださったんだ!なんて。まんまと尼さん魂をくすぐられてしまい、胸が熱くなり、思わずほろり(笑)。

それ以来、どうも自分の中で、ブッダブームが起きているんです。
浄土真宗の教えだけではなく、もっとおおきな仏教を学びたい。
そう感じていて、今日壷阪寺さんにお参りしたものですから、インド生まれの石仏を前に、ますますブッダへの熱い想いが湧きあがって来たというわけです。

わたしは、一応僧籍を持っていますが、超へなちょこ、ぺーぺー尼さんです。
高校生の頃は、比叡山系の四天王寺学園へ通っていたので、かなり仏教に関心が強く、大学に入ったらめっちゃ仏教を学んでやるぜ、と燃えておったのですが、まー若者の考えることですからね。大学に入れば、誘惑いっぱい。最初の決意はどこへやら、思いっ切り遊び呆けて、勉強なんてろくにできないまま、卒業してしまいました。

でも、ここに来て、もっと勉強したいなあ、なんて。
思春期の頃、真剣にお坊さんに憧れたことを、少し想い出すやなせでありました。

追伸
壷阪寺の花火大会、お近くの方はぜひぜひお越しくださいね。
いつも心より、お待ちしております。

Diary『33歳』

気が付けば、前回の更新から、早1ヶ月…。あっと言う間だったなあ。
最近、大したことなど何もしていないのに、時の流れがとても速く感じてしまうやなせです。

昨日は誕生日でした。
33歳になりました。
ま、32歳も33歳も、さして変わらないし、これといったイベントもなく、特に感慨とかはないんですけどね。ははは。
今日の画像は、仕事でもよくお世話になっている、デザイナーのお友達が書いて送ってくれた絵です。実は、彼女もわたしもネコが大好きで、お互いの家のネコ写真を、時どき交換しているのですが、この絵は、ウチの子たちと、彼女の家のネコちゃんがモデルなのです。うれしくて、アップしてしまった。

去年の今頃は、CDを発売したばかりでした。
何とか、ひとりでも多くの方に聴いていただきたくて、あっちこっちと走り回っていた夏。きのうのことのように思い出すけれど、もう1年か。あの時に比べたら、あたしゃ何をやっとるのでしょうか。がんばらんといかん。

そんなワタクシ、このところ超インドア生活。ぼつぼつと曲を作って、ちょこっと仕事をして、息抜きにごはんを作り、お笑い番組を見て、ネコと戯れ、たまに仏さまに手を合わせたり、友達と遊んだり、働いたりして、力尽きたら寝る。もちろん、時々歌いに出かけることもありますが。でも、まあほぼ、前述した日々、そのくりかえしで、楽しみといえば、晩酌です。おっさんか。

と、言っても、わたしはもともとお酒が強くありません。なので、ほとんど飲めません。強くないくせに、あの酔っ払った時の、ぽわ~んとした感覚が好きでして。
それと、わたしは酔うと、何だか気が大きくなるところがあるのです。ふだんは、どちらかというとチマチマ・うじうじした、神経質な小心者なので、あの「どうにでもなれーわっはっは」というような心もちが、すごくしあわせに感じるのです。今よりもうちょっとだけ若かったころは、お酒のイキオイを借りて、好きな男子に告白したりしたものでした。まあ、今はさすがに、そんなことはしませんけど。
というか、恋なんて、くそくらえですけど(まあ下品ですこと)。

なんてことを言って、毎日ろくに動きもせず、ビールや梅酒ばかり飲んでいたら…
太りました。
それも、かなり。
下着やジーパンや服が…これまでに経験したことがないほど、きついのです。どうしよう。
ある時は、頭がくらくらするほど、しめつけられていると感じたこともあり、これはいよいよ現実を直視するときが来たな、と気を引き締めました。と、いうわけで、ここ数日は飲んでいません。
ビールが欲しいときは、スパークリングウォーターを飲むのです。糖分ゼロの、ただの炭酸水。これ、友達に教えてもらった飲めない時の良い方法なのですが、あとひとつゼイタクを言うなら、ここに苦味があったらなーと思ったりしてしまうので、今日は大好きなコーヒーといっしょに飲んでみました。炭酸+苦味=ビール、と考えたのです。
結果はね。
正直言って、まずいです。
しゅわしゅわっとした感触の、コーヒーなのです。
しかも、薄味です。薄いコーヒー。全くの、コーヒーです。
そんなものを、真面目に飲んでいる自分がおかしくて、今日はひとりで笑っていました。

そんなことをしているだけの、たいへん愚かなわたしに、何人かのひとが「おめでとう」と声をかけてくれました。
そうね。
炭酸コーヒーを飲んで笑っていられるんだもの。なんておだやかな誕生日なのでしょう。
おめでたい。ありがたい。

みなさまの愛を胸に、あしたからも、一日一日噛みしめて、がんばろう。

Diary『君がいてくれたら。』

相変わらず、時間がある限り、できるだけ部屋にひきこもっているやなせです。元気の源は、北海道産・バンビの生キャラメル。これ、お値段はひと箱630円と、ちょっとお高いんですが、めっちゃめちゃおいしいのですよ。パクっとひとくち食べたら、頭がきりりとします。ですが、これじゃあ太るばかり。いかん。

そんな今日この頃、奈良県内にあるカフェ・ナナツモリさんへ行って来ました。
ナナツモリさんは、1階がカフェで、2階が写真館。このホームページで使用しているやなせの写真は、オーナーであるカメラマンの田村広司さんに撮っていただいたものです。

ナナツモリさんのオーナー夫妻は、すごくセンスが良いのです。カフェはほっこりくつろげる雰囲気で、時間の流れがゆるやか。それに、おしゃれな家具や雑貨、食器、観葉植物もいっぱいで、わくわくしてしまうのでした。写真は、カフェに飾ってあった、レトロなミシン。素敵でしょ。乙女心(?!)がくすぐられます。
他にもいろいろ素敵なものがあって、見ているだけでテンションが上がり、思わず携帯カメラで撮ってしまったので、また載せてしまうかもしれません。

今回は、初めてランチをいただきました。
ランチのプレートには、からだにやさしいおかずがいっぱい!絶品・カリカリごぼうが乗ったサラダに、かぼちゃのグラタンや、じゃがいもと枝豆のコロッケ、ゆずこしょう風味の鶏肉など、めっちゃおいしくて、種類も豊富。そのおかずプレートに加えて、えんどう豆のスープ、雑穀米のごはん、デザート付きで950円也。ボリュームも十分で、めちゃお得。奈良の方は、ぜひ行ってみて下さいね。オススメです。

それにしても、誰かとおしいいものを向かい合って食べる、ということは、ほんとうにしあわせなことだなと思う。
もちろん、ひとりでごはんを食べても良いのですが、どんなに高級なお料理が並んでいても、どんなにお金がいっぱいあっても、やはり人は、向かい合う他者が必要。ひとりでは生きてゆけないな、としみじみ思うのです。

先日、秋葉原で無差別殺人事件が起きました。何の理由もなく、一瞬で命を奪われた方、そのご家族、お友達…心中を察すると、胸が痛くてたまらない気持ちになりますし、決して許されないことであることは間違いないけれど、同時に、殺した男性の孤独を思うと、やりきれない思いにもなるのです。
彼女がいなくてつらい、とケータイの掲示板に書いていたとのこと。
大変バカげた想像ではあるけれども―
もしかしたら、誰かひとりでも、彼というひとを理解しようとして、だいじょうぶだよ、と言ってあげていたら。
そのことばが彼の心の奥に、ほんとうに届いていたら。
あの事件は起きなかったかもしれないのかな、と、思ったりして、わたしは、何だかとてもせつなくなりました。
でも、失われたかけがえのない命は、決して戻らない。彼は、愛されたいと願うあまり、生きていたいと願うあまり、他者もそう願って生きていることを、想像できなくなってしまったのかもしれません。自分が刺したひともまた、誰かと向かい合ってごはんを食べることをただ望んでいるだけの、か弱く孤独な生き物であることを、殺人の瞬間は、おそらく認識できていなかった。その結果、絶対に許されないことをしてしまったのでしょう。

死、と言えば。
わたしが住む村を歩いていたら、通りすがりの畑から、ご門徒のおばあさんが誰かとお話しているのが聞こえました。
「そんなかんたんには死なれへん。死ぬまでたいへんや。」
おばあさんは、93歳。曲がった背中を、さらに折り曲げて、しわしわの手で、土を耕していました。
おばあさんは、先日息子さんを亡くしました。それまで、息子さんと並んで耕していたであろう畑に、今はひとりで向かっているのです。強い背中でした。

にんげんの一生は、一寸先も闇です。かなしい出来事は、いくつもいくつも起きている。誰かの身の上にも、あなたの身の上にも、わたしの身の上にも。
でも、生かされている間は、死ぬまで、きちんと、生きてゆきたいと、ごはんをもぐもぐ噛みしめながら思いました。
そして、目の前で笑ってくれる、自分ではない誰かを、たいせつにしたい、と。

Diary『うつりゆく。』

このところ、毎日時間がある限り、曲を作るために机に向かっています。
モノを作ると、時間が経つのは早い。あれ、今日何曜日だったっけか?となることもあり、インで不健康な日々を送っていると言えますな。
わたしはもともと、どんどん歌ができて困っちゃうなーぐへへへ、というようなタイプではありません。作るのは遅いし、浮かぶまでにも時間がかかる。仮にも“ソングライター”なあんて看板エラソウに掲げてますけど…どうなんだろうな、わたし。まるで作家らしくない。
まあ、そんなノロマで、なかなか作れないわたしですが、今はあたらしい歌を生み出すため、机に向かう時間を意図的に増やしているのです。
そんな今、周辺は、音楽も、音楽に関係ないことも、とにかくバタバタしていて、あれこれタイヘンでした。最近やっと落ち着いて来ています。

一時は、ほんとうに歌うことなどやめてしまおうと思っていました。
歌がいやになった、とかそんなことは決してありません。ただ、自分の中で、いろんな歯車が狂ってゆき、どうしたら、自分の部屋以外の場所でちゃんと歌えるのかが、だんだんわからなくなっていたのです。
こういうことを口走ると、「がんばれ」「がんばるな」「自信を持て」「考えるな」…等々、周囲からいろいろ言われてしまうのですが、まあどれもこれもしっくり来ないのです。こればかりは、わたしの性格の問題だと思う。考えを変えたら?なんて子どもの頃からよく言われたけど、性格とか、物事に対する瞬発力っていうか、瞬間的な考え方って、そう簡単には変えられないから。
誰かの意見は、聞くことができても、実践することはそうそうできない。言われてできるくらいなら、もうとっくにやっていると思う。

そうして迷ったり、悩んだりしていたら、感動的な新しい出会いもあったりして、いろんなことが、たぶん、今、ゆっくり移り変わろうとしています。
その変化は、ほんとうに緩やかな流れで、わたしはついてゆけないということはありません。
これまで、ひとりぼっちで考えていて、わからなくなって、あれこれ周囲にいろいろ話を聞いても、まるでしっくり来なかったことが、今は明確になって来ているのです。
ひとつ、ひとつ、ていねいに納得できているので、これでいいと思っています。
生きていれば、すべてはうつりゆくもの。やっと、身を任せたい流れを見つけました。

うむむ…今日のダイアリーは、なんのことやらさっぱり、という、意味不明な完全ヒトリゴトになってしまった…スミマセン。
今ははっきりしたことは何も書けませんが、また何かこれという変化が起きれば、このサイトでも随時ご報告してゆくことになると思います。

ちなみに、今日の写真は行きつけのエステサロンの入口に飾ってあった、ねずみちゃん。超かわいいでしょ。丸いお手てが、ウチの猫に似ているのです。そこがたまらんのです。
コリをほぐしてもらったら、明日は栃木のお寺へ演奏に行って来ます。片道5時間の旅。尼さんシンガー明日をゆく。
では、おやすみなさい。

Diary『ポエトリーリーディング奈良』

土曜日は奈良市のTEN.TEN.CAFEにて「ポエトリーリーディング奈良vol.3」というイベントに出演させていただきました。
主催者である詩人の山吹草太さんと語り芝居のなかもとみゆきさん、そしてその他の出演者の詩人の方々、大雨の中、見に来て下さったたくさんのお客さま、そしてスタッフのみなさん、ありがとうございました。

イベントでは無意識のうちに、出演者各々のテーマが、“生命”になっていたような感じでしたが、その中でも、なかもとさんが演じられた語り芝居「千の風になって」は、すっごく良かった。
秋川雅史さんの歌で、今では知らない人がいないほどの大ヒット曲になった「千の風になって」。でも、この歌が流行るずっと前から、物語は絵本として発売されていたらしく、なかもとさんは以前からそれをひとり芝居で演じておられたそうです。
歌のイメージだけではわからなかった、物語の深い部分に触れて、感動ひとしお。わが身に置き換えると、姿の見えないあの人も、きっとここにいてくれるんだ、と感じられて、じわ~っと来ました。

なかもとさんの語り芝居には、大がかりなセットがあるわけではありません。
大勢の出演者がいるわけでもありません。
身ひとつのなかもとさんの、豊かな表現力。
そして、絶妙の緩急があることばの素晴らしさ。
それだけで、世界がぐんぐん広がって行くのです。
シンプルだからこそ、観衆の心に直接訴えかけて来る強さがありました。
もし機会があれば、ぜひ皆さんもなかもとみゆきさんの語り芝居をご覧下さいね。ななぽぽオススメです。
なかもとさん、そして山吹草太さんに関する情報は、リンクを張ったホームページ(※コチラ)をご覧下さい。

今回ご一緒させていただいて、なかもとさんとわたしは、手段は違うけど、同じようなことを表現したくて、舞台に向かっているのだということがわかったような気がしました。良い刺激をいただけた、素敵な出会いでした。もしかしたら、またご一緒しちゃうかも。ふふふ。先のことはわかりませんが、この先も良いお付き合いができたらいいなと思っています♪

ですが。
最近のわたしときたら…また軽いスランプなんですよねえ。このダイアリーにも、定期的にこういうスランプネタを書いてしまうやなせ。いつもスランプなのでは…とも言えるんですが。くう、胃が痛い。このぐーたらした感性。ヤバイヤバイ。これから気持ちを入れ替えて、ただただがんばろう。

生きていると、ふと、これでいいのかな、と自分に自信がなくなることがあります。そんなときは、誰かの言葉に惑わされたり、クダラナイ考えに取り憑かれたりして。弱った心が、ゆらゆら揺れて、時にはひねくれて曲がってしまい、何がしたくて、今ここにいるのかが、ますますわからなくなるんです。
考えて、探して、立ち止まって、進んで、走って、息が切れて、道から外れて、休憩して、考えて、また歩いて…。くりかえし、くりかえし。

さっき、テレビを見ていたら、ある方の死が報じられていました。いのちの大切さを懸命に伝えようとしていたはずの人が、自らいのちを絶ったとのこと。その方が遺した言葉の中から感じられた苦悩は、理解できない他人事だとは到底思えないもので、共感できる分だけ、せつなくなりました。
それにしても、どうして彼女は、そんなかんたんに、こたえを出してしまったんだろう。

同時に思い浮かべたのは、凄まじい難病を抱えながら、土曜日のライブにお越し下さったお客さんの笑顔。
体の自由を少しずつ失ってゆくという病を背負い、今も、わたしでは想像もできないほどの過酷な毎日を生きながらも、日々懸命に働き、暮らしている方。彼はわたしの歌を聴いて「心に虹がかかったような気持ちになった」というメールをくださったのです。そのことばが、わたしには光のように感じられました。

どちらもおなじ、いのちのあり方。
どうのこうのと言えるものではありませんが、
ただ、思うのは、
生かされてる限りは、ちゃんと生きてゆかなくては。ということ。
こたえなんて、どこにもないんだから。

そんなやなせですが、来月は一般公開のライブの予定はありません。
次回は、7月以降になります。詳細は、随時スケジュールのページにアップいたしますね♪
またどこかでお会いしましょう。

Diary『ニキビができた。』

このところ、ダイアリーに載せている写真はお花ばかりなんですが、春なのでね、ほんとうに花がきれいで。つい携帯電話のカメラで、カシャっと撮ってしまうわけです。
こちら、前回に続き、またまたうちのお寺の境内に咲くお花。今回は、ぼたんでございます。うーん、美しい。
わたしはお花オンチで、しかも園芸も生け花も、全くできません。これらは皆、祖母と母が作っているのです。
ですが、いつまでもそんなことを言っていられないのです。お寺に住まう者は、いつか必ず花のお世話をして、仏さまにお供えする生け花も、ひとりで、たったかたーと生けることができなければならないのですから。
どんどん年をとる。尼さんとしての勉強もしなくっちゃ、と思いつつ、心は永遠の20代。

そんなワタクシ、ニキビができました(※どうでもよし)。
いやいや、妙齢女子・本人にとっては、どうでもよくないのです。これは。
現在わたし32歳なんですが、まあ歳のせいもあり、さらには病気をしたために、黄体ホルモンというものが全く分泌されなくなったせいもあって、以前はオイリーだったのですが、現在は乾燥肌。ニキビって、そんなにできなくなったんですよ。
それが。どどん、と。できました。大きいのです。こりゃ、吹き出物ってやつだな。
不規則な生活をして、昼夜逆転当たり前の不摂生のせいなのか…。おでこにひとつ、あごにひとつ。こういうのを、想いにきび、想われにきび、とか言いましたよね、昔。淡い想い出。しかし。今はどっちも思い当たらんっちゅうねん。

まあ、冗談はさておき、とにかくきちんとしたものを食べて、ちゃんと寝て、運動もして、しっかり保湿をして、お薬を塗らなければ。
何もしなくても、キレイでいられるような時期は過ぎたな、と最近は思います。これからは、しっかり自分を磨かないとね。そして、内面も人間としての魅力が増すよう、きちんとしなくては。

そうそう、以前、わたしがエッセイを連載している雑誌『音遊人』で、こういう↑内容を書いたことがあるんです。年齢を受け入れ、内面も含めてキレイになる努力をしたい、みたいなことを。そうしたら、読者の男性から、ご丁寧にメールをいただき、「そんなことを書いているあなたは見苦しい。若さを羨むかわいそうな三十路だ。所詮努力しても、若い子の美しさにはかなわない。きっと、あなたはブサイクだ。」といった内容が、そこにはえんえん書かれていたんですね。1000字くらい。
まあ、雑誌のエッセイですから。誰がどこで読んでくださるかはわからないし、どんな感想を抱くのも、読んだ方の自由ですが。しかし、わかっているけど、ちょっと落ち込みます。何しろ図星なのでね。ははは。
あの時メールを送って下さった、大変親切な匿名の男性読者さまよ。あなたの指摘は、くやしいながらずばり、ですが、そう言うあなたも歳は取るでしょうに。ふん。ワタクシはずーっと同じことを言い続けますからねっ。

そうそう、妙齢と言えば、GW中に、同年代の独身の女友達と遊んでいたのですが、みんな完全に「負け犬」なわけです。友人たちもそれぞれに、いろいろと悩むところもあるようで、途中会話が真っ暗になることもありました。ははは…。でもまあ、歳は取って当たり前で、元気で今、生きていることは素敵なこと。
ニキビを治し、心を正し、前を向いて生きてゆかなければならん、と思うのでした。

そんなGW、みなさんはどんなふうにお過ごしでしたか?
わたしは、大阪の千里にある万博公園で開催された環境エキスポの中の「世界の民族音楽フェスタ」というイベントに出演して参りました。足を運んで下さった方々、耳を傾けて下さったみなさん、ほんとうにありがとうございました。
韓国民謡、ケルト、アンデス、ゴスペル、ジャズ…いろんな音楽に触れることができ、最後はみんなで演奏。楽しかったです。その様子は、ギャラリーのページにもアップしておりますので、そちらもどうぞご覧下さいませ。
当日は雲ひとつない晴天で、夏日。暑くて、日光がまぶしかったなあ。そのこと自体が、地球温暖化なのかな、と感じさせられて、まさに環境エキスポの開催目的を考えさせられました。
できることから、こつこつと。ちいさなエコを実践してゆこうと思う今日この頃です。

ああ、実にまとまりのないダイアリーだ。。。しかもやや毒舌でして。すみません。
負け犬友達が言ってました。
最近口うるさくなって来た自分に、はっとして落ち込むのよ、と…。

Diary『トルコに行きたい。』

あたたかくなって参りました。もうすぐゴールデンウイークですね。
このダイアリーを読んでくださっている皆さんは、どんな休日を迎えられるのでしょう。。。

わたしは、おかげさまで、毎日バタバタと、元気に暮らしております。
ゴールデンウイークは、大阪府吹田市の万博公園で開催されるイベントに出演いたしますが、それ以外の日は、例年通り、家でネコたちと、ひたすらゴロゴロするでしょう。それはもう、必死でね。ははは。。。(泣)

イベント出演に関しましては、スケジュールのページをご覧くださいませ。
応援よろしくお願いします。

そんな最近のワタクシ、久しぶりにおもしろい!と夢中になる1冊の本と出会いました。
それが、今日の写真。
高橋由佳利さんのノンフィクションまんが、『トルコで私も考えた~21世紀編』(集英社)です。

高橋さんと言えば、わたしが小学生の頃に愛読していた少女雑誌『りぼん』で「なみだの陸上部」「わたしはサボテン」を連載していたなーという記憶があります。これらのタイトル読んで、なつかしい!と思ったアナタ。さてはやなせと同じく、みそじ女子ですな。ふふふ。
『りぼん』を読まなくなってから、すっかり忘れていた作家さんだったのですが、この度、ふと書店で目にして衝動買い。
それがもう、すごくおもしろいんです。

高橋さんは、トルコ人の男性とご結婚されたらしく、かわいい男の子のお母さんでもあります。
現在は、日本とトルコを行き来しているそうで、国際結婚をされた日本人妻の視点から、トルコという国のこと、そこで体験したこと、感じたこと、トルコの習慣や文化、国民性など、興味深い題材について、実におもしろく書いておられるんですよー。

わたしは、7年くらい前に、家族旅行でイスタンブールへ行きました。
神秘的なイスラム寺院。西洋と東洋、その他いろんな文化が交差する不思議な雰囲気の町。あっさりとして、おいしいお料理。親切な人たち。初めて耳にする音楽やダンス。。。異国情緒あふれるその空気に触れて、とっても興奮したことをおぼえています。また行ってみたい、そう感じた町でした。

まんがの中では、旅行者ではわからない、トルコの人々の暮らしの深い部分などがいきいきと描かれていて、ほんとおもしろいんです!旅の記憶も鮮やかによみがえり、また興奮しきり。
うーん、トルコに行きたい。行きたい行きたい行きたい。
でも、そうかんたんには行けないので、これから高橋さんのトルコまんがシリーズを買い集め、GWはそれを読んで、わくわくしようと思っています。ネコとゴロゴロしながらね。

それにしても、外国の男性と結婚した人の生活を描いたまんがやエッセイって、わたし大好き。
もうひとつ、ネット上で読めるまんがで、ベトナムの男性と結婚した奥さまの作品もあるんですが、それもかなり良い感じです。「ベトナムスケッチ」というサイトで読めますので、興味を抱いた方はぜひ検索してみてくださいね。

そんなやなせ、今週末はNHK総合テレビ(関西ローカル)の『ぐるっと関西プラス』という番組に出演いたします。詳しくは、トピックスのページをご覧ください。
緊張のあまり、ワタクシあわあわしているかもしれませんが、関西にお住まいの方は、観ていただけるとうれしいです。
こちらも、応援よろしくお願いいたします!

最後に。
せっかくの春なので、うちのお寺の境内のお花の写真をいくつか。
誰に教わったわけでもないのに、花は、こんなにも美しく咲く術を知っているのですね。生きとし生けるものの神秘に想いを馳せ、うっとりしていたら。。。
ぶーんぶーんとクマ蜂(※おおきな蜂)がいっぱい。ランチタイムなのか?!ひええ。
これから夏にかけて、いなかのやなせ寺は、虫・虫・虫の季節です。
でっかい蜂、でっかい蚊、でっかいゴキブリ、それを食べるわたしの手よりも大きな蜘蛛、そして刺されたら痛すぎる巨大ムカデ…生きとし生けるものの不思議さよ、なあんて、のんきに語っていられない、恐怖のシーズン到来はもうすぐそこに。ひえええ。

Diary『てんてこまい』

ぼんやりしている間に、早いものでもう4月。
桜が咲いた、と思っていたら、散り始めているではありませんか。
ダイアリーの更新も、止まってるではありませんか(汗)。
時の流れは早い。

今日の写真は、京都でよく利用するスタジオのそばの桜です。リハーサル前に立ち寄った、近くのカフェのベランダから携帯電話のカメラで撮りました。水面に桜の影が映って、とってもキレイだったものですから。
それにしても、花冷えとはよく言ったもので、まだ朝晩、そして雨の日は寒いですね。このダイアリーをお読みのみなさんも、体に気をつけてくださいね。

やなせは、というと…やっと元気になりました。
何だか春先から体調が悪くて、心も落ち込んで、このダイアリーの内容も暗くて、読んでくれた友人知人から「大丈夫?」と聞かれたり、お見舞いメールをいただいたりしてしまったのですが…いやはや、ご心配お掛けしましたね。申し訳ない。

でも、最近はなんだかんだと、周辺が慌ただしくなり、あれをしてこれをして…とやらなければならない事が山盛りになり、具合の悪さもどこかへ吹き飛んでしまいました。まさに、日々てんてこまい。

まあ、これは人によると思うのですが、ワタクシは、ある程度忙しい生活を送っていないと、却って調子が悪くなるタイプなんですね。たぶん。
あれしてこれして、うわーどうしよう、と思っていると、気持ちが緩まないので、体調も崩れない、という感じ。
逆に、仕事を減らしたり、何もしないでいる時間を増やすと、どんどん内にこもってしまい、体も「まあいいか」と感じるらしく、どうも思うように動かなくなるんです。

わたしは一度落ち込むと、深海魚のようにどんどん沈んでしまうクセがあり、ついこないだまでは、長い長い休暇状態でした。一日に、20時間くらい寝ていた日もあります。さすがに、イイ大人が何をやっとるのだ、と、自己嫌悪でいっぱいになりましたが…。
自分の采配ひとつで時間ができたりできなかったり、というのは、自由業の有り難いところでもあり、また、タイヘンなところでもあるのですが、休むにも程度の問題があり、とにかく、人間はサボるのはダメですね。勤勉が一番。
みなさんはどんなタイプなのでしょう。。。

何はともあれ、これからワタクシ、いろいろと動いて参ります。
トピックスにも随時情報をアップいたしますので、またお暇なときにチェックしていただけるとうれしいです。応援よろしくお願いします!

それにしても、最近体調&メンタルネタばかり書いてますね。
いかんいかん。

Diary『未来へ』

きのうは、わたしの母校である高取町立育成小学校の閉校式でした。
130年以上の歴史ある学校で、わたしの父や兄、姉、戦争で亡くなった祖父までもが卒業生です。
閉校に至るまでには、村の過疎化であるとか、社会の少子化であるとか、何らかの事情があったと思いますが、理由はさておき、なつかしい学び舎がなくなるというのは、実にさみしいものです。

わたしは、育成小学校の卒業生で、なおかつ、すぐ近所に住んでいるということで、閉校式イベントのコンサートに出演させていただきました。せっかくのご縁をたいせつに、今回は、皆さんよくご存じのカバー曲や、ほたるの光、校歌などをたくさん演奏し、ドラム、ベース、ギター、ピアノ+やなせの歌、という、ふだんは絶対しないバンド編成で、にぎやかにお届けしました。
PTAのみなさま、学校関係者の方々、足を運んで下さった父兄や卒業生のみなさま、そして生徒さん…協力して下さった全ての方、耳を傾けて下さった全ての方に、心より御礼申し上げます。
ありがとうございました。
最後の在校生になる子どもたちは、きらきらした眼差しで、コンサートを楽しんでくれていたようで、うれしかったです。

消えてしまう学校、過ぎ去ってゆく過去、いつかは忘れられてしまう記憶。
うしろをふり返ると、失われてゆくものへの郷愁というか、そういうものが溢れて、何ともせつない気分になります。

人生は、何が起きるかわかりません。思わぬ別れなど、かなしい出来事に遭遇し、絶望することもあるでしょう。
でも、想い出を胸に、未来を夢見てがんばりましょう、ということを、精一杯子どもたちに伝えたつもりです。

まーそれは、今の自分自身にも言えることなんですけど。

昨年、アルバム制作等で力を使い果たしたのか、今年のわたしは、お恥ずかしながら、年始からどうも力が湧いて来なくて。未来を夢見るような気持ちなど、まるで湧いて来ず、その他の仕事が忙しくなりそうだということもあって、CD制作はもちろん、音楽活動も、もう控え目にしよう、と心から思っていたのです。

ですが、ここに来て、また出会いがあったり、突然思いつくところがあり、ちょっと新しいものを作ってみようかな、という気持ちになっています。
まだ予定の予定の段階なので、何とも言えませんが、音楽的に、ちょっとした挑戦をしたいと思っています。
うまく行けば、今年の終わりに、何か贈り物になるような作品を完成させられるかも。ふふふ。。。まだ全く未定ですがね。。。ふふふ。。。

実は、花粉症以外でも、体調が少し思わしくないのです。そういった事情もあり、最近かなり後ろ向きになっていたのですが、新しい音楽のことを考え始めると、がぜん元気が出て来ました。現時点では、極めて妄想に近い計画ですが、何かきっとおもしろいものができると信じて、その方向に歩いてみようと思っています。
壊して作って、壊して作って。
これで悔いなし、と思っても、やっぱりまた作りたくなるのですから、モノヅクリって、不思議なものです。

何はともあれ、立ち止まるにはまだ、早い。
不調な体を、とにかく早く治して、素敵なお知らせをお届けできるよう、春からまたがんばります。

あした、もしかしたらわたしは、全てを失っているかもしれないけれど。
時には、未だ来らざるその時間を、夢見てにんまりすることも、悪くないな、と思うのでした。

Diary『春の記憶』

ああ…またやって参りました。
春。
あったかくなって、お花が咲いて、吹く風もやわらかで。
卒業、入学、就職…あたらしいスタートを切る方が多い時期だからなのか、町も何だか華やいだ雰囲気に包まれて。
素敵な季節ですよね。春って。

ええ、花粉症さえなければね。

きのうまで、自分がスギ花粉アレルギーだ、なんてこと、すっかり忘れていたのですが、夕方くらいから突如、鼻水が出始め、今朝起きると、喉・鼻・目がとってもかゆい。鼻水は止まらず、頭がぼんやりして、まるで熱があるみたいです。
これだ。これこれ。このつらさ。
また、しばらくコイツと付き合って行かなければならないんだ…ああ、年に一度の憂鬱。
みなさまはいかがですか?平気な方が、うらやましいですねえ。

ワタクシ、もともと、春という季節は、好きですがきらいです。
進級や卒業で、せっかく慣れ親しんだものに、お別れを告げなければならないでしょ。今はそんなこと全く関係ない、いいオトナなのですが、その頃の記憶が消えず、せつなくなるのです。

学校に通っていた時代は、3月になると、それまでの1年間、自分の部屋のようにくつろいでいた教室を、すっからかんにして明け渡さなければなりませんでしたよね。名札シールをはがして、自分たちの描いた絵や、書道や、時間割表なんかも全部はがして、置いていた荷物も持って帰って…。
あの、がらーんとした教室の空気。せつない。
自分が、ここにいたこと。
あなたが、そこにいたこと。
そんな、証拠やぬくもりが、跡形もなく消えるでしょう。夢のように。
さみしくてね。ダメでした。
そして、新しい教室に入る。新しいクラスメイトと顔を合わせる。あれも苦手。さあ、がんばろう!と前向きなことを思うんではなくて、失ったものへの郷愁をより一層募らせてしまうタイプだった。

でも、人間ってうまくできてるんですよね。
どんなに楽しい記憶も、忘れてしまう。同時に、どんな痛みも、かなしみも、忘れてゆく。
なので、どんな別れも、乗り越えられる。時がすべてを解決してくれる。
と、いうわけで、新しい教室で、新しい友達と出会い、新しい日々になじんでゆき、それがまた、日常になるわけですが。

そんなセンチメンタルやなせ、3~4月、ちょこちょこ歌います。
4月は、地元の薬膳料理のお店で、「春を味わう。」と題したコンサートを。素材にこだわった、大人の方のためのちょっと高級なお料理と、歌という初めての試みです。カバー曲なども交えて、ゆったりとした時間をお届けしたいと思っています。
完全予約制で、昼・夜、各30名様ずつとなっておりますので、ご予約はお早めに、どうぞよろしくお願い致します。詳しくは、スケジュールのページをご覧下さいませ。
いつも、心よりお待ちしております♪

最近ちょっとした出会いもあって、いろんな方に、別々に、同じ表現で励まされました。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
心配しなくっても、あたしゃ唄いますよ。
鼻水すすって、唄いますから。
涙をふいて、唄っていますから。
ありがとう。

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