New Album 「遠い約束」

Diary『ありがとうの決意』

このところ、一般の方にお越しいただくライブはお休みしているやなせですが、ここしばらくは、お招きいただくお寺でのコンサート、というお仕事で、あちこちにおじゃましています。
お寺でのコンサートは、仏教讃歌を唄うこともありますし、何より、通常のライブよりも、ずっとたくさんお話をします。
わたしは、人前でお説教ができるほど、エライ尼さんではありませんし、何より、その資格もありません。ただ、歌を作るきっかけになった出来事や、出会い、仏さまについて…自分なりに考えたことなどを、なるべくていねいにお話するよう、心がけています。

お寺でコンサートをすると、お話しているわたしが一番若いことがほとんどです。若輩者のわたしの話を、熱心に聞いてくださるおじさん、おばさん、おじいさん、おばあさんたち。
時々、ふっと恥ずかしくなることもあります。
えらそうに、信心について、生き死にについて、語ってよいものか。退屈されていないだろうか。生意気だと気を悪くされていないだろうか。
何度も繰り返し、各地で同じような内容の公演をしますが、回を重ねるごとに、自分の中では慣れも生じて来ます。必死でステージを行っているときとは違い、余裕ができて来ると余計に、これで良いのどうか、わからなくなり、迷いも生じます。

そんなわたしの元に、一通の手紙が届きました。
シンプルな白い便せんには、角ばっていて、実に一生懸命書いたであろうと思われるていねいな文字が、びっしりと綴られています。ボールペンに、精一杯の力をこめて書かれたのでしょう。便箋は一文字一文字、でこぼことへこんでいます。
それは、お寺でのコンサートを聴いてくださった、あるおばあさんからの手紙でした。

―コンサートの日は、降ってわいたようなうれしい一日となりました…
という出だしに始まって、おばあさんは、わたしが話した事柄ひとつひとつへの頷きを書いて下さっていました。
また、古い唱歌を、会場のみなさんといっしょに歌ったのですが、それがなつかしくて、うれしくて…と、歌を歌えた喜びも、そこには書かれていました。

そして手紙の最後は、
―心をこめて歌っていただき、心にいっぱいの、あふれるほどのおくりものをいただいて、ありがとうございました。
ということばで締めくくられていたのです。

わたしは、何だか申し訳ないというか、もったいないというか、そんな気持ちで胸がいっぱいになり、読んでいるうちに、涙が出て来ました。
わたしは、何もしていないのに―。あふれるほどのおくりもの、だなんて。それはこっちのセリフですよ。
迷っている場合じゃないな、がんばるしかないな、と元気づけられました。

今だからここにも書きますが、歌を唄って暮らすことは、正直言って、わたしにとって、決して楽なことではありません。むしろ、くやしいこと、つらいことばかりが続き、自分の心を麻痺でもさせなければ、到底続けられないのです。
歌手です、と名乗って、ああそうですか、と理解してくれる人はほとんどいません。わたしはひとりで歌っているだけで、肩書きも、所属している何かも、わかりやすい実績も、何も持っていないからです。
唄う場所は少なく、わたしの音楽が世間で必要とされていない、という現実は、大きな力でコントロールされたまま、なかなか覆すこともできません。
明日進む道すら、本当はどこにもないのです。

周囲の人に、よく言われるのが「もっと売れて、大勢の人に知られたらいいのにね」という言葉。
作品の良し悪しなんて、好みとタイミングだから、さして関係ない。有名になって、稼いで、テレビやラジオに出なければダメだ、と。
もっと嫌なことを言われる場合には「有名になったら協力できるのに…」という腐ったセリフ。

そんな認識の中で歌っていると、そうだ、前に進まなければ、と脅迫されたように思うこともありました。
このままじゃだめだ、このままでは…誰かと自分を比較し、自分の現状が恐ろしくなり、精神的にどんどん追い詰められる日々が、長く長く続いたのです。

でも、今は。
前へ進むことなど、くそくらえ。と思っています。
やなせは諦めました。挫折しました。そうご理解していただいて、どうぞどうぞ。結構毛だらけネコ灰だらけ。

ただ、わたしは、このおばあさんとのような出会いがある限り、歌を辞めることは決してないでしょう。

道から外れて、道端の草の上に座り、
そこで移り変わる景色を愛で、巡り会う人と語り、一歩も進まず、歌う。
そんなやり方が、たぶん自分には合っていると思うからです。
ありがとう、と言われて、
ありがとう、と応えることのできる、わたしになりたい。

うちのお寺の境内に、さざんかの花が今年も咲きました。
春はまだ、遠くで足踏みしているようですが、今日の空は雲ひとつなく、美しくどこまでも晴れ渡っています。

 

Diary『一期一会』

しばらくダイアイリーの更新が滞っておりましたが…読んで下さっているみなさま、ありがとうございます。
ぼちぼち、のんびりと更新してゆこうかな、と最近は思っています。
懲りずに見に来てやってくださいね。

さて、先週の日曜日は、cafe一期一会さんでのライブでした。昨年に続き、2度目の出演です。
寒い中お越し下さったみなさま、スタッフのみんな、ほんとうにありがとうございました。
今日の写真は、ライブ当日の、店内の不思議な雰囲気。
ピアニストに黒石純子さんをお招きして、演奏曲の半分はカバーという、いつもとはちょっと違うライブをお届けしました♪

これで、しばらくライブはお休みします。
お招きいただいた場所で歌ったり、イベントにゲスト出演したり…といったことは、変わらず続けて参りますが、自主公演の予定は当分ありません。
去年、必死でCDを作り、それを聴いていただきたい一心で、いろいろな場所で唄いました。そんな活動の中で、今自分が出せることは、一旦出しつくしたような気がしています。
これからは、次の歌の種をゆっくり育てて、届けたい気持ちが自分の中から溢れそうになったら、またライブやCD作りに奔走することになると思います。その折には、また応援よろしくお願いいたします。

というわけで、少し歩みをゆっくりにしようと考えたやなせ。
2005年10月から始まった、京都三条ラジオカフェの「やなせななのななぽぽラジオ」を、今月いっぱいで放送終了とさせていただくことにしました。
ゲストをお招きするようになって、約1年半。いろんな人の、いろんな話を聞かせていただいたきましたよ、ほんとに。
たくさんの出会い、人とのふれあいは、すごく楽しかったし、何よりも自分の心の勉強になりました。まさに一期一会だった。素敵な思い出になりました。

また、奈良県王寺町のFMハイホーでコーナーを持たせていただいていた「やなせななのほのぼのサウンド」も、こちらは母体番組の都合で放送終了となり、今後ラジオは、奈良市のならどっとFM「やなせななの夕空メロディ」1本になる予定です。お近くの方は、どうか変わらぬ応援を、よろしくお願いいたします。

最近、お世話になった人が重い病気にかかっていることが判明したり、お亡くなりになったり、ということが重なりました。
明日のことなんて、一寸先のことだって、ほんと誰にもわからないものですね。
だからこそ、今をたいせつに、悔いなく生きてゆきたい。
ひとつひとつの出会いを、だいじにしたい。
そう思っています。

ありゃ、何だかちょっと暗くなってしまいましたが…
やなせは元気です。
これからも、マイペースで、がんばります。
目の前の今を、大切にして。

Diary『髪を切った。』

相変わらず寒さ厳しき毎日。みなさまお元気ですか?
この度、ななぽぽは、髪をばっさりと切りました。
美容室のお姉さんには、「首元が寒くなりますから、風邪をひかないようにしてくださいね」なんて言われてしましました。確かに、ロングヘアーは天然のマフラーだったのに、春を待たずして散髪してしまったな。少し長めのボブに、ふんわりパーマを当てました。

実は、髪を切るのは随分と久しぶりなのです。
このホームページがオープンした2004年も、わたしの髪はロングでした。それどころか、遡って考えてみると、実に7年間、ずっと長い髪をしていたのです。

このダイアリーを読まれている、特に女性の方には、きっとご理解いただけると思いますが、髪は、一度伸ばすと、惜しくてなかなか切れなくなるんですよねー。何しろ、ある程度伸ばすのには、かなりの歳月を要しますから。

それに、実際ロングヘアは、乾かす際にやや時間がかかることを除けば、とにかく楽で、融通が利くのですよ。
ステージでは逆毛を立てて派手にできるし、ハーフアップにすればかっちりとしたスタイルに合うし、頭の上でくるりとおだんごを作ればカジュアルな若づくりスタイルも可能だし(可能なのか?)。
さらに、最近ではカンタン夜会巻き風まとめ髪をマスターし、仕事の打ち合わせや着物を着るときに、きりりとするそのスタイルを好んで作っていたのです。
たとえ寝ぐせでぼさぼさの時も、テキトーに結んでいればなんとかなるというのも、ロングの大きな魅力。
ヘアピンやかんざし、カチューシャ、コサージュなども大好きで、家には、何年もかけて買い集めた、いろんな種類の髪飾りを持っていました。
髪型をいじるのは、決して嫌いではなかったのです。

でも。
きのう、突然思いました。
鏡に映った自分の長い髪を見て。
もう、やめた。と。
それまで考えたこともなかったけど、だらりと肩下まで垂れ下がった長い髪が、とってもくたびれて見えました。猫背気味のわたしは、なんだかしょぼくれていて。
おい、しっかりしろ。
と、思わず声をかけたくなったのです。

失恋したら髪を切る、なんてことをよく言いますが、「髪を切るように生き方は変えられない」というフレーズが槇原敬之さんの歌詞にはありました。そりゃそうですよ。もちろん。髪の毛ごときで、人が変わるわけありません。わたしの猫背はなかなか治らないし、すぐしょぼくれて、なかなか立ち直れない困った性格も、どうしようもない。
でも、単純なものですが、髪を切ることが気分転換になって、ひょいと気合いが入ることもあるかな、と思って。
よし、もう何が何でも切る。と、唐突に決意。

そうして迎えた断髪式。
じょき、じょき、と美容師さんのハサミが髪に入れられるときは、やはりドキドキしました。
ぱさりぱさりと床下に落ちてゆく、さっきまで当然のようにすぐそばにあった、いとおしいわたしの一部。
サヨウナラサヨウナラ。
美容師さんのホウキでさっさと掃かれた髪の毛の、一番先っぽの方は、いつ生えたものだったんだろう。もう何年も前だったのかな。その頃のわたしは、いったい何を考え、誰と出会い、どんな夢を見ていたっけな、とか、おおまじめに、いろいろと考えてしまった。
いくら振り返っても、切ってしまったものは、もうくっつけられません。

そうして、数時間後、見慣れないワタクシと対面しました。
首周りが軽くなると、心まで軽くなったような。
人間まで新しくなったような。

そんなわけないよ。
きのうから続く、ちょっとやそっとでは変わらぬ、今の自分。
でも、体の奥の方から元気が湧いて来るのを、確かに感じました。

がんばるぞ。

Diary『大吉』

大寒とはよく言ったもので、このところ、わたしの住んでいる奈良も、朝晩とても冷えます。
数日前は、うちの近所ではめずらしく、雪も降りました。写真は、その日、わたしの部屋の窓から見えた、お寺の本堂の屋根。手前のうしろ頭は、窓辺で外を見ていた、我が家のお姫サマ・こゆき(アメリカンショートヘア・メス・2歳)。雪を見るこゆき。ゆきゆき。

そんな寒い中、23日(水)東京の恵比寿天窓.switchさんでのライブに、また、26日(土)は奈良市のTEN.TEN.CAFEさんでのワンマンライブに、大勢の方がお越し下さいました。サポートピアニストは、両日ともに、おなじみ黒木千波留さん。
足を運んで下さったみなさま、熱心に耳を傾けていただき、ほんとうにありがとうございました!!!
これからも、とにかくこつこつとがんばります。

この後、2月10日(日)には、京都のカフェ一期一会さんで、バレンタインライブをいたします。いつもライブではあまり演奏しない、しあわせな恋を描いたカバー曲をたくさん唄う予定ですので、お近くの方はぜひぜひお越しくださいませ。
詳細は、スケジュールのページにアップしております。有り難いことに、こちらも残席わずかですので、ご予約はお早めに。。。

その後は、ライブ活動は少しお休みしながら、あたらしい歌を作ったり、お仕事をしたりする予定です。
人生、いろんなご縁とか、ちょっとしたタイミングとか、偶然などが重なり合って、何が起きるかわからないものでして、ちょっとバタバタしそうな予感です。
そう言えば、今年の運勢とかいう占いによると、やなせは「変化の年」と出ていました。あれよあれよと言う間に、いろいろ変わってゆくので、しっかりついてゆくように、とか何とか。しかも、初詣でおみくじを引いたら大吉でした。
おお、どんな変化の波だろう。。。良い変化ならば大歓迎。大吉ということで、ミリオンセラーに紅白出場、あれよあれよと言う間に億万長者か。

でも、実は、浄土真宗のお坊さんは、占いやおみくじなんて、信じてはいけないことになっているんです。そんな当てにならないものに、心を左右されていることが迷いを作る。それは良くないことだ、というわけです。
それなのに、ワタクシ占いだーい好きなんですよね。雑誌、Webサイト、ケータイサイト、おみくじ、フォーチュンクッキー…なんでもかんでも、よくチェックしてるのです。たまには占い館にも行きます。尼さんとしては、これあまりよろしくありませんが…だって、おもしろいんだもん。
都合の良いところだけを覚えておいて、それで元気になれることもあるから、まあいいか、と思います。

どんなことでも、欲を出せばきりがありません。
億万長者を望むと、今自分がそうでないことが、すごくかなしくなってしまう。
でも、10万円貯めよう、と思って働くことは、毎日の励みになります。
結局、傍から見たらちいさなことでも、自分にとっては思わずえへへと頬が緩むようなことに遭遇できれば、否、そういったしあわせを感じる心を持つことができれば、それで良いのでしょう。
なかなかそんな気分になれずに、不平不満を言ったり、悩んだりするけれど。

あしたは、晴れるかな。

Diary『新しい写真』

先日、新しい写真を撮影して来ました。
ホームページや、ライブのチラシ、お仕事先に提出する資料などに使う、今年のアーチスト写真です。

今回、撮影をお願いしたのは、昨年12月にオープンしたばかりの七ツ森写真館オーナー・田村広司さん。
田村さんとは、おととしにやなせがライブをさせていただいた、奈良県内のカフェで知り合いました。

その後は、ライブにお越しいただいたり、どこかのパーティでお会いしておしゃべりするだけのお付き合いだったのですが、お友達が田村さんに写真を撮ってもらっていたのを見て、実はずっと気になっていたのです。
田村さんが撮った写真の中の友人は、リラックスしていて、自然な表情でした。そして、自然なんだけど、とても美しかったのです。日々の暮らしの中で見せる、いちばんきれいな顔、という感じ。
友人のこんな表情をとらえることのできる、田村さんの写真って素敵だなと思い、絵からにじみ出るあたたかさにも惹かれて、この度は撮影をお願いすることにしました。

奈良県北葛城郡にあるナナツモリさんは、1階がカフェで、2階が写真館。
わたしより年下の、まだお若いご夫婦ふたりでお店を切り盛りされています。
店内のいたるところに、かわいい雑貨や植物などが置かれ、家具や食器、お知らせの紙1枚にも、おふたりのセンスが表れているんです。ゆったりとした雰囲気の店内は心地良く、知らず知らずくつろいでしまうのでした。
そして、ひとりでも多くの方に、カフェと写真館を知ってもらいたい、と、がんばるおふたりは素敵。
このダイアリーからもリンクを張っていますので、お近くの方はぜひぜひ、カフェナナツモリへ行ってみてくださいね。
ななぽぽイチオシです。

撮影はそんな素敵な店内と、ご近所の森や公園で行われました。
ここ、という一点を探して、シャッターを切る手がすばやい田村さんと、あうんの呼吸でそれをアシストするあすかさん(奥さま)。集中した空気の中でも、田村さんご夫妻とおしゃべりをしている内に、肩の力は抜けて、撮影はさくさく進みます。
今日の写真は、そんな中の一枚。「大笑いしてくださーい」と言われ、ただそれだけで、すぐにゲラゲラ笑ってしまったわたし。にんげん、ほんとうにうれしくなかったら笑えません。とっても楽しかったのです。
そんな雰囲気を作り出すことのできるおふたりのことが、これまでより、もっと好きになりました。

薄手のワンピース1枚での野外撮影もあり、正直ちょっと寒いときもありましたが、終わったあとはあったかいコーヒーと、あすかさん手作りのベイクドチーズケーキをいただき、心もほかほか。しあわせでした。
日常の中の喜びのようなものが、奈良の空気とともに、写真の中に詰め込まれたような気がしています。

写真が完成したら、ちょこちょこホームページも変更する予定です。
どうぞお楽しみに。

Diary『あけましておめでとうございます。』

新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

みなさまは、どんな風に新年を迎えられましたか?
初詣には行かれましたか?
今年の抱負はなんでしょう?
2008年が、みなさまにとって良い年になりますように。。。

わたしは、昨年の31日にダイアリーをアップした後、奈良県吉野郡にある、友人のお寺へ年越しのお参りに行って来ました。
お参り、と言っても、法要の時刻より早くからお寺におじゃまして、お参りの前に友人たちとお鍋をつつき、お好み焼きを食べながら、わいわい騒ぐことも大きな楽しみなんです。
お寺の娘さんである、陶芸作家のあかりちゃんは、お好み焼きに関してはかなりウルサイ「お好み焼き奉行」で、その味、焼き加減は絶品。めっちゃおいしい!のです。今年はそこにネギ焼きも加わり、おいしいおいしいと舌鼓を打ちながら、夕ご飯をたいらげ、とりとめのない話に花を咲かせておりました。

その後、夜中の11時過ぎくらいから、境内にある鐘堂で、除夜の鐘を打ちます。
鐘つきの後に本堂へ移動すれば、いよいよ年越しのお念仏。写真は、法要が始まる直前に、こっそり撮った本堂の様子です。

なむあみだぶなむあみだぶ…ぽくぽくと木魚を打ちながら、みんなで心をひとつにお念仏を唱えると、体の中から何かがすーっと抜けてゆき、大変心地よくなるのが不思議。
お経を唱えながら年を越し、ご住職(お父さん)からのご法話に耳を傾け、そして、最後に今年のお守りをいただきます。
おだやかな一年になりますように、と願いを込めながら、お財布の中に、いただいたお守りをそっと忍ばせれば、年越し法要もおしまい。

2008年、やなせはマイペースでこつこつと活動を続け、新しい作品をたくさん書こうと思っています。
そんな今年の初ライブは、地元奈良から。
スケジュールのページにもアップしていますが、歌い始めの情報は以下の通りです♪
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2008年1月26日(土)
やなせななカフェライブ at TEN.TEN.CAFE
(開場)18:00 (開演)19:00
(前売)1000円(当日)1500円
※1ドリンク以上は別途ご注文お願いします。
(場所)TEN.TEN.CAFE(奈良市脇戸町19)
(出演)やなせなな(vo.)+黒木千波留(pf.)
●お問い合わせは…
やなせななサイトメール
TEN.TEN.CAFE(0742-26-6770)
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みなさまのお越しを心よりお待ちしております!!!
※前売り予約完売致しました。ありがとうございました。

Diary『サヨナラ2007年』

今年も残すところ、あと数時間となりました。

本日の写真は、私鉄の駅構内にあったクリスマスツリー。本当はクリスマスの頃のダイアリーに載せようと思っていたのですが、ぼんやりしている内に、時期を逸してしまったので。

このツリー、失礼ながら、美しかったから写真に収めた、とかそういうわけではなく、飾りがおもしろかったので撮りました。
ひらひらとついている星型の紙は、この私鉄の駅を利用しているであろう誰かの、お願いごとを書いた短冊のようなものなんです。
ふと、足を止めて眺めてみると、みなさんいろいろな願い事を書いているんですねー。達筆な文字で「家内安全」「商売繁盛」といった内容を記しておられるものもあれば、「彼氏ができますように」「お金が儲かりますように」「受験に合格できますように」といった、現実的なお願いごともありました。
そんな中、わたしが一番心惹かれたのは「○○になる。」(※○○は職業名)という、願いというより決意を書いていたもの。「なれますように」ではなく、「なる。」だって。うむ、そういう気持ちの方が、願いは叶うでしょうな。
何だかツリーというより、初詣に行った先の神社で見かける絵馬のようでした。

初詣、と言えば、わたしはこの後夕方からお出かけをして、友人のお寺で年越しのお念仏を唱えて来ます。
今年にお別れを告げながら、新しい年を迎える際に、なむあみだなむあみだ…と一心に唱えていると、心が空っぽになり、実にすがすがしく年を越せるのです。なむあみだ…に気を取られて、願い事など唱えている隙がないところがまた良し。来年もまた、どうにかなるしかないのだ。

2007年、やなせななは、新しいCDを2種類作り、全国10ケ所以上で発売記念ライブを行いました。CDのことを想い、CDのために生きた年でした。
たくさんの皆様の力をお借りし、応援していただきながら、あれやこれやと、ひとり東奔西走した1年。
無事に今年を終えられることに対して、感謝の気持ちでいっぱいです。

でも、良い意味でも悪い意味でも、力を使い果たしてしまい、体力・精神面での自分の弱さ、そして限界をほんとうに痛感しました。
来る年は、心身ともに無理をせず、決して不相応な欲を持たず、ぼちぼちのんびり生きてゆこうと思います。

お世話になった皆様、あたたかく応援して下さった皆様、仲良くしてくれて、支えてくれたみなさん。
出会った人も、お別れした人も。
みんな、みんな。
ありがとう。
来年も、やなせななをどうぞよろしくお願い申し上げます。

サヨナラ2007年。

Diary『アロマセラピー講座へ行く。』

ちょっとしたことで、すぐくよくよと落ち込み、そのせいか日頃から肩コリがひどいやなせは、アロマオイルを使ってマッサージをしてくれるエステサロンに行くのが、何よりの楽しみです。
サロンのお姉さんの、職人的技術もさることながら、施術に使用されているアロマオイルは、とっても良い香りがして、エステの気持ち良さが倍増し、夢ごこちにしてくれる魔法の薬。

サロンに通っているうちに、この“アロマオイル”というものに興味が湧いたので、この度アロマセラピーの基礎講座というものを受けに、大阪まで行って来ました。初心者でも受講できる、簡単な講習会です。
行ったのは、NEAL’S YARDという、イギリスに本社があるアロマオイル関連の化粧品等を扱っているお店のスクール。

わたしは、音楽を始めてからというもの、これといった習い事などしたことがなく、また、学校を出てからは講義なるものを受けたこともありません。たった2日間の集中講座ですが、スクールに行くというだけで、ドキドキわくわくです。

教室は心斎橋のニールズヤードショップの上にあり、受講者は15人程度。全員女性で、年齢は20代後半から40代といった感じ。
講師は水野裕子さん似の、きりっとした美しい先生で、教え方もとってもわかりやすく、1日6時間の長い講義も、あっと言う間に感じました。
アロマセラピーとは何か、その歴史、エッセンシャルオイルの効能、使い方…いろんなことの概要を習いましたが、それを通じてわたしが何より感動したのは、草花というものが、こんなにすごい力を持っていた、ということ。

わたしは花オンチで、咲いている花を見ても、何の種類なのか、ほとんどわかりません。
園芸にも、華道にも、フラワーアレンジメントにも全く興味ナシ。もちろん、花を見ればきれいだなあ、と思うし、きらいというわけでは決してないのですが、だからといって、関心を抱いて何かするほど好きではなかったのです。

今回も、アロマセラピーに興味があっただけで、お花の話を聞くことになるとは思っていませんでした。
でも、アロマセラピーに使用するエッセンシャルオイルというのは、その全てが草花や果実の皮などから抽出したエキス。つまり、植物の体内から出された分泌物なので、必然的にお花の話を聞くことになったのです。

良い香りを放つエッセンスは、植物たちが種の保存などを目的に分泌していると言われているそうですが、ほんと、お薬のようにいろんな効能があるのですよ。
リラックス効果、鎮痛効果、除菌効果、強壮効果…。可憐でちいさな花にも、実はすごい力が隠されていたのです。それらを利用するアロマセラピーは、漢方にも似た自然療法なんですね。初めて知り、自然の力の偉大さに感動しました。

そういえば、幼い頃から田舎暮らしのわたしは、学校でいやなことがあったり、親に叱られたりすると、決まって家の裏山の森の中へ逃げました。森の中で、歌を唄ったり、パポーとたて笛を吹いて遊んでいると、大いなる存在に包まれているような気がして、なぜか元気が出たのです。
森林浴をすると体に良い、というけれど、あの森の緑の香りもまた、アロマセラピーに通じるものがあったのかも。突然思い出しました。

話を戻します。
アロマ講座では、バスソルトやマッサージオイルなどを自分で作るといった実習もありました。それもまた、理科の実験みたいで楽しいのだ♪
写真手前の黄色いものは、蜜蝋(※はちみつの一種のようなもの)とアーモンドオイルに、ラベンダーとベルガモット(※みかんの一種)のオイルを加えて作ったハンドクリーム。つけると、お肌がしっとりします。手に限らず、からだのあちこちにぬりぬり。ほわんと漂う香りに、心が落ち着きます。

こういった草花の香りやエキスは、人間のマイナスの感情に働きかけてくれるそうで、アロマを焚いて眠るとリラックスできるし、また、作家さんの中には、凝り固まった頭の中を、アロマオイルを焚くことでリフレッシュして、創作に向かう人もいるそうです。
創作の場に!おお、それは良い。早速使おう!
…と、思ったのですが。
ここで、ひとつ大きな問題が。

リラックスではなく、頭をリフレッシュさせるような効能のエッセンシャルオイルの中で、わたしがいいなあと思った香りって、オレンジとかレモンとかの果皮を使ったものがほとんどなんです。
ネコが好きな方はご存じだと思いますが…
ネコって、みかんが大嫌い。
オレンジのオイルなど部屋で使おうものなら、我が家のネコたちの総スカンをくらうこと間違いなし。

冬はぬくぬくネコと寝たい、でも、オレンジのオイルを部屋で焚きたい、でも、ネコと寝たい、でも、オレンジのオイルを焚きたい、でも、ネコと寝たい、ネコには逆らえない、ネコに嫌われたくない、ネコ様のご機嫌をそこねたくない、ネコ様の…とほほ。

Diary『証』

月日の経つのは、どうしてこんなに早いのでしょう。
もう師走。またしても、ダイアリーの更新に間があいてしまった…。
写真は我が家のゆきちゃん。うるうるした、大きな瞳が自慢です。
あたりはすっかり寒くなりましたね。2008年ももうすぐ終わり。

先日、わたしは大阪のフェスティバルホールに、Song For Memoriesのコンサートを観に行って来ました。元オフコースの鈴木康博さん、元赤い鳥(ハイファイセット)の山本潤子さん、元ふきのとうの細坪基佳さんの3人が、サポートメンバー(Gt.)ひとりを加え、ほとんどギターのみの演奏で、なつかしい歌を歌う、というシンプルなライブ。
年輪を重ねた歌声は、昔のレコードより一層の輝きを放ち、ゆったりとした立ち居振舞いも、言動も、余計な力が一切感じられなくて、そのリラックスしたステージングが、とっても素敵でした。

客席を見渡すと、ほとんどがが60~50代くらいの方と見受けられます。次いで40代、といったところ。
夫婦らしき年配カップルが、肩を寄せ合って聴いていたりして。ほほ笑ましい姿でした。
会場には、青春時代を彼ら(オフコースや赤い鳥やふきのとう)と共に生きたわよねえ、という、何だか独特の仲間オーラみたいなものが溢れていて、わたしは何となく、置き去り気分。

でも、コンサートが始まると、たとえリアルタイムじゃなかったとしても、わたしにとってもなつかしい名曲がどんどん演奏され、感動しきり。中でも山本潤子さんの「フィーリング」は、本当に鳥肌モノで、有無を言わさぬ歌力に、気がつけば涙がにじんでいたのでした。

そんな3人が、MCで話していたのは、最近の音楽事情。
イマドキは、パソコンで音源ダウンロードしちゃったら終わりなんだって。ジャケットとかないんだよ。さみしいなあ。心配にならないのかな。
そんな会話をひとしきりした後、細坪さんが「残るものを作りたがらない時代になったんだよ」と、ぽつり。
わたしの心に、その言葉はすとんと入って来ました。

確かにそうだ。
昔、レコードは高級なもので、ラジオから流れる歌に惹かれて、いざLPを買うとなると、何日も迷った挙句ようやく手にしたものだよ、と、年上の人から聞いたことがありました。やっと手にしたからには、そのLPを大事に、必死で聴いたとのこと。わたしは、そんな時代の最後、ちょこっとだけかぶっていた世代で、わたしより若くなると、そういう経験をしている人が、ぐっと少なくなるのではないでしょうか。
今は、ケータイやパソコンにダウンロードして、歌詞は読まない、飽きれば消去。はい次、はい次、で音を消費し、それは泡のようにはかなく消えてしまうことがほとんどです。曲の向こう側に見えるはずの、人間の姿はぼんやりしてしまう。
もちろん、例外はあります。最近学校公演で知り合った高校生に話を聞くと、自分の好きなアーティストの生き方に想いを馳せて、真摯に耳を傾けている、そんな思いを実に熱く語ってくれました。
でも、時代の音楽とも言えるようなものは、いつからかはっきりした輪郭を持たなくなったような気がするのです。
肩を寄せ合ってコンサートを聴く、老夫婦の背中を見つめながら、わたしはなぜか、かなしい気持ちでいっぱいになりました。わたしもまた、そんなぼやけた輪郭の時代に育ち、そこにさほどの違和感を抱くことのできない世代だからです。

僕たちはこれからも、こうしてたいせつな歌を歌って行きます。
ステージの3人はそう言って笑いながら、がんばろう、といったメッセージの新曲を、明るく演奏して去ってゆきました。
残してゆきたい青春の証と、今の自分。その両方を、肩肘張らずに表現していた、偉大なシンガーソングライターたちの姿を目の当たりにし、わたしはそれでも勇気づけられたのです。

良いものは良いのです。
伝わった誰かの心に残り、命と共に生きる記憶、そして感動。
これからも、わたしは音楽を愛し、ていねいに耳を傾けてゆきたい、と改めて思いました。

 

Diary『函館コンサート』

先週末、2年半ぶりに北海道函館市にある金森ホールで、CD発売記念コンサートをさせていただきました。
以前はファーストアルバム『あいのうた』の発売記念で訪れたのですが、その時は6月。過ごしやすい季節でした。
あれから2年半も経つなんて。何だか信じられません。あっと言う間のようで、でも、思い返すともっとずっと前のような気がする。いろんなことが、あったなあ、としみじみ。
でもとにかく、またこうして訪れることができて良かったです。

函館は、わたしが住む奈良からは遠く離れていますが、実は、わたしの兄が診療所を開いており、そのおかげで、兄を始めとする大勢の方が、やなせのコンサート実現に協力してくださったのです。誰かの力に支えられなければ、絶対に実現できない2日間。
たくさんのあたたかい心に触れた旅となりました。

コンサートの前日は、おしま病院というホスピスを訪問しました。ここは、前回函館でコンサートをした折にも訪ねた場所です。
ホスピスは、末期がんなどを患い、そう長くは生きることのできない方々が、苦しむことなく最期の日を迎えるために入っておられる医療施設です。
院内の広場のようなスペースで催されたコンサートには、患者さん、ご家族、病院スタッフの方々の他、以前このホスピスでご家族を亡くされた遺族の方が、わたしたちの演奏に耳を傾けてくださいました。ピアノは、黒木千波留さん。

人間は、誰もが例外なく、いつか必ずこの世を去らなければなりません。
そんなことは、頭ではよくわかっていたはずなのに。
旅立つ日を迎えようとしている方の眼差しを見ると、どうしてこんなにもせつなくなるのだろう。
大事なひとの死に直面している方の横顔を見ると、どうしてこんなにもかなしくなるのだろう。
たいせつな誰かの背中を見送った方の涙を前にすると、どうしてわたしまで、泣きたくなってしまったのだろう。
唄いながら、いろいろな想いが、心の中を駆け抜けてゆくのでした。
もしかしたら、この演奏が、目の前にいる患者さんにとって、この世で最後に耳にしていただく音楽になるのかもしれない、と思うと、何とも言いようのない感覚で胸がいっぱいになります。
あなたの姿を、忘れたくない。

でも。
よく考えると、いつも同じなのですよね。
先のことなど何ひとつわからなくて、あしたここにいられるかどうかもわからなくて。
二度と巡り来ることのない一瞬を、わたしたちは生きている。
それ以上でも、それ以下でもない存在。
改めて、今、この時を、いとおしく想う感情が湧きあがり、命あることに慄然としました。
とは言っても、ていねいに暮らすことなど、そうそうできない愚かなわたし。

ただ。
同じ空に帰る日まで、くりかえし。
わたしはこうして、歌い続けてゆきたいと思うのです。

そんなホスピスコンサートの翌日は、港街にある古い倉庫を改装して作られた、金森ホールでのソロコンサートでした。
ここは本当に雰囲気が良いのです。素敵な建物にうっとり。音響も良いのです。こんなホール、関西にもあったらいいのになあ。。。
コンサートには、粉雪が降る寒い中、大勢の方がお越し下さいました。中には、10年ぶりに会う同級生も来てくれていて、本当にうれしかった。こんなご縁を大切に、これからもがんばります。
熱心に聴いて下さった皆さま、また、様々な面で協力して下さったスタッフの方々、本当にありがとうございました。
終演後は、おいしい海の幸をたらふく食べました~。ホタテ!いくら!銀だら!サイコー。
しかし。
例によって、またまた太りました。いけません。ほんとうにいけません。これから年末にかけて、何としてでも健康的な体形になろうと思います。思っているだけですが…。にょ。

そんなこんなの函館ツアー。
CDは、たくさんの方の暮らしの中へ旅立ってゆきました。
ありがとう。
またいつか、お会いできることを願って。

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