夏の花
朝早く目がさめると、庭に青いあさがおの花が咲いているのに気がつきました。なつかしい。小学生の頃、夏休みの宿題であさがおの観察日記つけたなあ。きれいな緑色のふたばが芽を出した時は、ほんとにどきどきしたよ。早起きしてよかった。
なんて思いながら、お盆のお参りにゆきます。わたしの実家はお寺なので、こうして時々はわたしもお坊さんになって、家業を手伝います。お参りに訪れると、みなさんお仏壇をきれいに飾って、待っているのです。写真の向こうでほほえむ遠いひとの、好きな食べ物をお供えしたりして。手を合わせる顔がにっこり。
お坊さんが来られるから、きれいにしなきゃと思って。と、言われると、わたしは袈裟を脱いだらただの“わたし”なのに…と、思って、“お坊さん”と言われて頭を下げられることが、なんだか申し訳なくて。いつだって恥ずかしくなるのでした。なまんだぶなまんだぶ。
ふと見ると、お仏壇にはワレモコウの花。秋の七草のひとつらしいけど、お盆に飾られることも少なくない、夏の花だそうです。歌人・与謝野晶子が、ワレモコウは地味な花だけど、わたしも紅なんだ、と言って咲いてるんだ、と歌に詠んでいた。ような気がする。
我も紅。
すてきな名前の解釈だなあ。そんなふうに咲く花のように、少しだけ顔を上げて、日々を暮らしたい。
なんて、お経をむにゃむにゃ読みながら考えていたわたしは、夕方、奈良の燈花会にゆきました。
「燈花会」というのは、奈良市内にある、東大寺や春日大社などの周辺、広範囲にわたって、ろうそくの明かりが灯され、観光名所がぼんやりやさしい光に包まれる、そんな催しです。写真はその一灯(ほんものはもう少し、橙色です)。これが、奈良公園周辺にいくつもいくつも、ならんでいるのです。人出も思ったほどじゃなくて、ゆっくりゆっくり、薄明かりのお寺や、奈良公園を歩きました。
ぼんぼりの明かりだけで照らされている場所がたくさんあるので、時々、足元が暗くて見えなくなったりします。そんな時は、とおく先の方を見るのです、空高く輝く月や星を見るのです、そうすれば、暗い道も歩けます。
なあんて意味深そうなことを、比叡山のえらいお坊さんが言ってるのを聞いたことがあったなあ。
なんて思いながら、とおい先を見ると、果てなくつづくちいさな燈火。影になって、顔の見えないひとたちが、笑いながら、やっぱりわたしと同じように、ゆっくり歩いているのがわかりました。
公園の芝生いっぱいにならぶ灯りは、花火より静かな夏の花。
いろんな花を見ました。
そんな、夏のいちにち。

