New Album 「遠い約束」

『交差点』

060622_1835~01001.jpg 梅雨ですね。我が家の周りでは、蛙の鳴き声が聞こえます。ケロケロ。 
つい先日、あるバーで友人たちとセッションをして遊びました。洋楽・邦楽問わず、その場で楽譜を見て演奏してもらい、わたしが唄う。そんなことをするのはおそらく数年ぶりで、ものすごくドキドキしたし、とても楽しいひとときでした。
 
一緒に演奏した友人たちとは、約3年ぶりの再会。以前はしょっちゅう一緒にライブをしていたバンド仲間で、みんなで遊んでは騒いだ、気のおけない友達でした。なので、今回のセッションは、まるで同窓会のような感覚。
近ごろすっかり疎遠になっていた彼らとは、過去に決定的な仲違いをしたわけではなく、ただ何となく歩く方向が異なり、離れ、そのままになりました。日々巡り来るあたらしい毎日の中で、わたしも、彼らも、おそらく夢中で暮らすうちに、時は流れていたような気がします。 
その、全く別々の方向に離れて伸びていた線が、ふとしたきっかけで、再び交差したのでした。
それは短い一夜の宴。 
まるで昨日も会っていたかのような気安さで話し、音を紡ぎ、飲み、食べ、変わらないようで、変わってしまった互いの今を重ね、笑う。そして明日からは、それぞれの日々に戻り、また異なる道を歩むだけ。遠ざかる背中を見送ることもなく。

でも。あなたに会えて良かった。
しみじみ思いました。

人と人の出会いと別れ、縁の不思議を改めて感じたいちにち。

追伸/サッカーW杯~ご覧になりましたか~?う~日本残念!でしたね。そして高原選手、非常にかっこいいですね。たまりませんね(※どうでもよし)。

 

『花屋にて』

060614_1627~01.jpg わたしがラジオ番組を持っている、京都三条ラジオカフェからほど近い場所に、一軒の花屋さんがあります。店頭には、いつもかわいらしいブーケなどが置かれているため、収録の行き帰りに時折足を止めて、それらの花にうっとりすることもしばしばでした。が、実際に花を買ったことは一度もありません。花って、何らかの目的がない限り、そうそう頻繁に購入するものではないですものね。 
けれども先日、ラジオ収録の帰りにその花屋さんの前を通ったとき、何だか突然花が欲しくなり、自分で自分のために、ちいさなブーケを買うことを唐突に思いつきました。
予算はこれくらいで、色はこんな感じ…。店員のかわいらしいお姉さんにお願いして、あとは店内の花を見ながら、ブーケができあがるのを待っていました。わくわく。

そこに、ひとりの若い男性が入って来ました。がっしりとして大きな体格、髪は金髪、顔は色黒で無精ひげをはやし、イマドキの若者らしい服装をしています。かわいらしいお花屋さんの雰囲気には少しそぐわないような、ちょっとコワイお兄さんに見えます(笑)。
彼は店内のガラスケースを指差し、大きな声で「このバラを1本ください」と店員さんに言いました。何やら急いでいる様子。「ラッピングはどのように…」とたずねる店員さんのことばを遮るように「そのままで」と彼は答えました。そして、短くカットされたピンク色のバラの花を素手で持ち、彼は疾風のごとく店を後にしたのです。

なんだかおもしろい光景だったな。あのイマドキ青年は、誰のためにバラを買ったのだろう。裸のバラを1本、素手で渡すなんて。見かけたこっちまでちょっと照れくさいけど、きっと好きな女の子にでもプレゼントするんだろうな。ふふ。ほんの数分の出来事から、わたしは彼のその後のドラマを想像し、思わず笑ってしまいました。

ぐるり店内をもういちど見渡すと、わたし以外にも花束のできあがりを待っているお客さんが。皆、心なしか晴れやかで、にこにこしているように見えます。
ここから、それぞれのストーリーが始まるのかもしれません。

花を買う。それもまた、ささやかな、心の小旅行。

 

『永遠のしあわせ』

060606_1457~001.jpg 今年に入ってから、なんだかあまりうれしくないことが、わたしの身の回りでいくつか起きました。あと一歩、の、タイミングが何とも悪く、小さなしあわせが指の間からぽろぽろこぼれ落ちるような感じ。または、宝くじに当たるかのような確率で、連続して嫌な出来事に遭遇してしまう。
 あの時、ああしていれば。
その時、別の道に進んでいたら。
不運も、わたしの過ちも、回避できたかもしれないのに。
 もしもタイムマシンがあったなら。時を戻して、何度でもやり直したい…ここしばらくのワタクシは、そんなクダラナイことを考えては、くよくよくよくよしていたわけです。“後悔”など何の役にも立たないと、頭ではわかっていながら。

そんなとき、金属造形作家をしている友人から、素敵な試作品の話を聞いたのです。その作品とは、指輪。
よく「ダイヤモンドは永遠の輝き」なんてことばを耳にするけれど、友人は“永遠”というひとことに疑問を抱いたようなのです。長い時間変わらぬ輝きを放つもの、が、果たして永遠の輝きを持っていると言えるのか。友人の出した答えは、否、でした。そして彼は、ダイヤモンドに勝る永遠の輝きを探したそうです。
その結果、リングにつけられたものは…なんとしゃぼん玉でした。正確には、リングに輪が付いていて、それを石鹸水に浸して膜を作るのですが。その膜は虹色で、まるでオパールのように見えるんだそうです。ただし、数秒間だけ。ほんの一瞬で消えてしまいます。 けれど彼は言いました。しゃぼん玉を見て美しいと思う。その数秒の気持ちこそが、永遠なんだと。それを表現するために、彼は敢えて一瞬で消えてしまうしゃぼん玉を選んだのだそうです。
なるほど。彼の表現している時間感覚は、後悔ばかりしていたわたしの心に、ひとつのヒントを与えてくれました。 

わたしたちは過去を振り返り、未来を予想することができると思っているけれど、実は過去も未来も手が届かないほどに遠く、わたしたちはただ“今”この一瞬を生きているだけ。それ以上でも、それ以下でもない存在。 
そっか、くよくよしても仕方ない。昔のことや先のことなんて、どうしようもないし、わからない。とにかく今ここにいる、それが全てなんだから。目の前の今を、慈しんで生きよう。 
そう考えると、単純なもので気が楽になり、大好きなひとたちとおいしいものを食べ、飲み、語り、笑い、空に月が輝いていること、猫がかわいいこと、すべてが奇跡的にしあわせなことに思えました。 
一瞬で永遠の幸運。巡り遭えて良かった、と。 

追伸:
5月30日大阪Knave、6月1日神戸cafe fishでのライブにお越しくださったみなさま、ありがとうございました。
またどこかでお会いできるといいですね。

 

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