New Album 「遠い約束」

『缶コーヒーに思う。』

060927_0854~02.jpgわたしはコーヒーが好きです。一日の始めにコーヒーを飲まないと、目が覚めた気がしないし、仕事中にも欠かせないお供です。
と、言っても、それは専ら缶コーヒー。
このメーカーのは苦味が強い、あのメーカーのはまろやかだ…うんぬんかんぬん。評論家よろしくえらそうに語っていたら、時間をかけてていねいにコーヒーを煎れることを趣味として、日頃から高額なエスプレッソマシンなぞ使っている友人には、やなせさんみたいな人はコーヒーを語るべからず、ときっぱり言われました。
でもね、お手軽缶コーヒー党にも、それなりのこだわりってものがあるんですってば。ははは。

最近のお気に入りはアサヒから出ているWANDAの“100年ブラック”。
100年前に、夢を求めてブラジルに渡った日系人が作ったコーヒー農園の豆だけを使用している、といううたい文句の、こだわりコーヒーです。香ばしい匂いと、あっさりした苦味は飲みやすく、うむーおいしい。ハマります。
さらにこのコーヒー、今はおまけが付いているんです。“プロジェクトX~時代を創った革命の名車たち~モータリゼーションの扉を切り拓いた熱い思い~”と!長い!タイトルのついたこのおまけ、内容はミニカー。50年代、60年代に販売されていた国産車3種類です。車に関心のないわたしが手にしたところで「?」ってなもんですが、見る人が見れば「おお~!」と胸が熱くなるようなシロモノなのかしら。

このおまけから推測するに、100年ブラックのターゲットはおそらく働く中年男性。ひと缶のコーヒーを飲みながらホッとひと息つく間に、俺もがんばるぞ、という思いが湧き上がるように、こういった物語性を持たせているのかな、と想像してしまいました。
挑戦、失敗、忍耐、さらなる挑戦、苦労の末の夢の開花…働く人々にはたまらないであろうストーリー展開。それを小さなコーヒー缶に詰めているのですね。

ターゲットを絞り、演出し、販売する。どんな良いものでも、ただ不親切に、どん、と売り出すだけでは駄目なのでしょう。緻密な戦略があって、初めて多くの人に知られる機会を持つことができ、人々の手に渡り、良いものであればどんどん広まってゆく。物が確かなら、そこからロングセラーも生まれるわけです。
なるほど、深い、深いな、こいつ。わたしも見習って戦略を練り上げ、あとは挑戦、忍耐あるのみだ…。宿る闘志、広がる野望。働き盛り中年サラリーマンのような顔で頷きながら、コーヒーをごくり。うむむ、何だかより一層おいしいではないか。そんな「戦略」などという慣れない単語に思いを馳せ、コーヒーを飲む自分に酔っている時点で、わたしはアサヒの製品開発者の思うツボでしょう。
 でも、それは120円で買える夢。
たかが缶コーヒー、されど缶コーヒーではありませんか!人間はほんのちょっとのことで、元気になれるのだ!そしてわたしは今日もまた、おっさんのような顔でコーヒーを飲んでいます。

 

『あなたのたいせつな歌』

060913_2208~01.JPG最近、古い歌を聴いています。
戦争中の歌や、戦後間もなく流行った歌。李香蘭や笠置シヅ子、美空ひばりに江利チエミ…など。
なぜ、そんなに古い歌ばかり聴いているのか。その理由は、お年寄りの前で歌うお仕事をいただいたことがきっかけです。

これまでにも、わたしは、老人ホームやホスピス、お寺や老人会など、多くの高齢者が集う場で歌うことを何度か経験していて、そういう場合のコンサートの内容は、大抵は童謡(文部唱歌のようなもの)とオリジナル曲で構成していました。
ところが今回は出演を承諾した後に「何か高齢者が喜ぶカバー曲(歌謡曲など)をお願いします」という条件がついてしまったのです。当然ながらカバー曲は、自分の身の内から湧き上がった歌とは違って、誰かが書いた音と詩をまずは解釈し、表現を組み立て、その上に初めて自分の想いを載せて、聴いてくださる方に届けられる形を作らなければなりません。楽曲に対して、ある程度しっかりとした理解を持っていないと、ただのお遊びのカラオケとどう違うのか、ということになってしまうので、納得のできる歌にするまでには、結構時間がかかるのでした。わたしにとっては緊張を伴う、難しい作業。さらには高齢者が喜ぶ歌、か…困ったことになったなあ。

わたしは、90歳になる祖母に聞きました。「おばあちゃん、好きな歌って何?」
祖母はしばし考えてから、わたしが聴いたことのない歌を歌い始めました。すると、それに合わせて、そばにいた両親も歌い始めます。そして…なんと歌いながら祖母と母が泣き出したのです。
?????わたしにはわけがわかりません。
なぜ泣くの?どうしたの?ふたりは言いました。「昔、むかしを思い出すからだよ」 
わたしは家族が号泣したその歌を調べました。“異国の丘”というその曲は、シベリアの日本人捕虜が祖国を偲んで泣きながら歌った、という、戦争中の楽曲のようでした。わたしが聴いても、歌詞が素直に胸に迫る、というわけではなく、メロディにもなじめません。が、滅多に泣かない祖母が涙ぐんでいた姿が、わたしの頭を離れませんでした。これを聴くと、彼女の心の奥からは何かが溢れて来るようで、それがとても気にかかりました。
 
確かに、わたしも小学生の頃に聴いたアイドルの歌なんかを不意に耳にすると、なんとも言えない、ノスタルジックな気持ちになります。その頃の空気のにおいや、忘れていた誰かのことを鮮やかに思い出したりして。あと半世紀、わたしが生きていられたら、おにゃんこクラブの歌を口ずさみながら、ぽろぽろと涙を流すおばあちゃんになれるのでしょうね。うむ?むむむ…なんだか微妙だ(笑)。
 
何はともあれ、音楽は人の心を揺さぶり、記憶に働きかけ、その結果、時の流れをも自在に超えることのできる力を持つ、不思議なものですね。その不思議な何かに触れたくて、わたしは古い歌を学ぶことを思いついたというわけです。

遠い時代に生きた誰かの想いに耳を傾け、その歌に心躍らせ、心震わせた誰かの人生に思いを馳せることによって、今、ここにいる自分には、一体何を歌うことができるのかを、もう一度考え直すことができるような気がしています。
わたしもいつか、誰かのたいせつなうたに、なれますように、と。大それた夢を心に抱きながら。

 

『聞法会館コンサート』

060727_2346~01.jpgきのうは、1月の終わりの三条御幸町ラジオカフェライブ以来、約7ヶ月ぶりの京都でのライブでした。下京ルネッサンスという地元のイベントで、京都市下京区にある浄土真宗本願寺派の宿泊施設・聞法会館にて、ロビーコンサートをさせていただくことになったのでした。会場はお寺の施設でしたが、お寺に関係のある方も、そうでない方も、実に大勢のお客さんがお越しになっていて、たくさんの方がコンサートに足を運んでくださいました。
熱心に耳を傾けてくださったみなさま、CDをお買い上げくださったみなさま、あたたかい応援のことばを掛けてくださった方々、お世話になった会館スタッフのみなさま、ほんとうにありがとうございました。

でも、写真はピーナツ。
これ、イギリスのキャラクターで「ナッツアバウト」というものです。みなさんご存知ですか?種類は100くらいあって、すべて何かの職業に就いているピーナツなのです。本日のダイアリー本文には、直接何の関係もありません。が、最近のななぽぽお気に入りだったので、つい掲載してしまいました。ほほほ。

【本日のセットリスト】 
1. あいのうた
2. 誓い 
3. 帰ろう
4. 蜜柑
5. 猫と夕月
6. 冬のひまわり
7. 街の灯
アンコール・遠い約束

京都はわたしが学生時代を過ごし、音楽活動をスタートさせた場所ということもあり、ライブをすると毎回のように、なつかしい友人・知人たちも駆けつけてくれます。今回は日曜のお昼ということもあり、ご夫婦やお子さま連れで来てくれた友人がいっぱい。数年前は赤ちゃんだった友人の子どもが、「こんにちは」なんて礼儀正しく挨拶なんてしてくれたりすると、びっくり。子どもの成長には驚くものがありますな。みんなそんな娘や息子のとなりで、パパやママらしい、やさしい顔をしていました。
思わず頬が緩む、そんなほのぼの昼下がりでした。

9月に入って、辺りは急に秋らしくなって来ましたね。お天気が良かったので、コンサートの帰りは、会館の近くでごはんを食べて帰りました。
会館のある下京区には、短い間ですが、わたしも住んでいたことがあります。10年前の当時で築20年の、ちいさな3階建てアパート。古いけれど、大家さんの手入れが行き届いた、実に住みやすい学生アパートでした。
あの頃は幼くて、守るものなどなく、だから怖いものなんて何もない、と思っていました。若さは時に傲慢ですが、わたしは失うことの怖さを知らぬまま、無邪気で傍若無人な学生生活を送っていたような気がします。
そんな未熟な過去さえも、今となっては、苦くて甘い思い出。 秋風吹く下京の町は、ほんの少しだけ、変わっていました。
友達がパパやママになり、わたしがうたを歌い始めたように。いろんなことが、少しずつ変化し、すべては移りゆくのですね。 

せつない秋の京都で、ひとり、そんなことをもにょもにょと考えた帰り道。それはまるで時間旅行でした。 

追伸・会場でもチラシを配布いたしましたが、やなせななはお寺でのミニコンサートを行っております!ご興味のある方はぜひぜひ!ご連絡くださいませ。よろしくお願いいたします。

 

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