New Album 「遠い約束」

Diary『雑記・お盆を迎えて』

やなせななサイトがオープンして約3年半。
ずっと書いて来たこのダイアリー、毎回欠かさず画像を掲載していたのですが…
今回は画像ナシ。
理由は、現在使用している携帯電話のカメラの性能があまりに悪いからです。あーこりゃこりゃ。
永らく同じ製造会社の機種をバージョンアップさせて使っていたのですが、前回変えてからはカメラが今ひとつでして…もうすっかり写メール不精になり、更には最近、ダイアリーの更新も我ながら遅いなあ、と思っているのですが、まあそんなこんなです。どんなこんななのか?

8月に入ってからのななぽぽは、まず四国に行って参りました。
高松、徳島と2ヶ所でのレコ発プチツアー。演奏はおなじみ黒木千波留さん。この度は、奈良から音響さんもいっしょの旅で、なんだか大所帯気分。
お越しくださったみなさま、ご協力いただいた方々、本当にありがとうございました。
高松は、赤と白に統一されたインテリアが、実にかっこいいスモーキーカフェ。オーナーご夫妻はほのぼのとした雰囲気で、自家製カレーがおいしかったです♪
徳島はにじのいえ、という、廃園になった保育所。今は児童館や、フリースクールのような感じで使われているとのこと。なつかしい雰囲気の中、じっくりとお届けしました。
2ヶ所ライブの様子は、お世話をしてくれたボンズ仲間で真宗興正寺派の僧侶・中原大道くんのブログ「おじゅっさんの日々」でご覧いただけます。
奈良に戻ってから、お手紙などもいただき、良いご縁が生まれました。ありがとう。

その後は、奈良にあるRCBAという、本格派バレエ学校の公演で歌うというお仕事をいたしました。創作舞踏の歌を歌う、というこの役割、踊っている女性たちの中で歌うんですよ!いやーん。正直言って慣れていないので、めちゃくちゃ緊張して臨んだのでした。
RCBAはロシア・クラシック・バレエ・アカデミーの略で、校長の高橋晃子さんは高校の同級生。昔、わたしが古典芸能である能楽の修行を受けていた頃に出会った人です。わたしのことを「のうちゃん」と呼んでいて(※高校時代は能をやっていたので「のうちゃん」と呼ばれていた)、「のうちゃん、能みたいに動きながら歌ってみて」と言われたり。ひえー。
この高橋さんは、10代の頃に単身ロシアに渡り、向こうの学校(高校、大学)でバレエを学び、ロシアのバレエ団で活躍し、特殊な教授資格を取った後、帰国して、27歳でバレエ学校を設立したという、すごい人なのです。
日本人離れした肉体、ロシア語をぺーらぺらと話す横顔、体からはみ出しそうな溢れるパワー、気さくでやさしく、時に厳しくも人情厚い彼女は、まあなんていうか、ひとことで言えば、天才だとわたしは思います。バレエを愛する心は、少女のようで、どこか時間が止まっているんですね。でも、学校を切り盛りしている手腕というか、商才というか、そういうのはもう凄腕の女社長、女座長って感じで…不思議な人。あんな豪傑は滅多に見かけません。
この世にはいろんな人がいるな、と、ダイナミックに踊る高橋さんを見ながら思い、その日は一日中豪華なクラシックバレエの音楽が、頭の中をくるくる回っておりました。

その合間にはお盆。
尼さんになってお参り、というのは19歳のころから変わらぬ夏のお仕事です。
とはいえ、わたしの実家は浄土真宗のお寺で、浄土真宗はお盆という行事にさほど力は入れません。
なぜなら、先祖を供養をすることが目的、という通念が一般的なお盆ですが、浄土真宗では先祖供養というものを、基本的にはしないことになっているのです。
なので、坊さん大忙し、と思われがちなお盆も、他宗に比べれば静かなものだと思います。

浄土真宗では、死んだじいちゃんもばあちゃんも、お父さんもお母さんも、隣りのおばちゃんもおっちゃんも、わたしもあなたも、みんなみんな遠く極楽浄土に行ってしまい、仏さまになったので、いちいち帰って来てはくれない、と考えます。
なので、お盆の仏壇にお茶をお供えしても、好物のおまんじゅうをお供えしても、あちらさんは食べることはありません。食べなくてもいいところへ行ってしまったから。
話しかけても、応えてくれません。ことばがいらないところへ行ってしまったから。
もちろん、守護霊にもなってくれない代わりに、何か嫌なことを起こすために、わざわざ戻って来て怨霊になどにはなりません。守るとか困らせるとか、そういうことが一切ないところへ行ってしまったから。
もう、じいちゃんもばあちゃんもへったくれもなく、みんなひとつの大きな存在になってしまった、という考えです。
だから、とにかくその大いなる存在にありがとう、と手を合わせる。それがお盆であり、日常の念仏である、ということになっています。

でも、わたしは真宗の尼さんですが、どことなく納得してません。
たたりはともかく、ま、ええやん、おまんじゅう供えても。遺影に話しかけても。と思います。いや、最悪、たたりが怖くて先祖に手を合わせていてもいいか、とも思います。
大好きだったあなたが、そこにいてもいなくても。
合わせたてのひらの内側に、たぶん極楽浄土があって、どんな形であれ、自分のいのちまで繋がって来た、遠いあなたを想うわたしの心の中に、あなたは確かに帰って来ている。そしてなんだか少しだけ、敬虔な気持ちになる時間を過ごすこと。それが、いわば先祖供養というものなのかしら、と思うのです。
まあ、くどくどとエラソウなことを申し上げましたが、わたしは浄土に行ったことがないし、ほとけさまでも何でもないので、ほんとうのところはよくわかりませんが。

お盆休み、我が家にはカワイイカワイイ姪っ子と甥っ子も帰って来てくれました。
甥っ子は、先の戦争で死んだわたしのおじいちゃんに、ちょっとだけ、似ている、と秘かに思っています。
なぜわたしはここにいるのでしょう。
なぜあなたはそこにいたのでしょう。

でも、とにかく、ありがとう。
なまんだぶなまんだぶ。

追伸・お盆が明けたら、約1年ぶりの宮城(白石)ライブです。お近くの方はぜひぜひお越しくださいね。

 

Diary『ラジオと出会い』

先日、わたしは京都三条ラジオカフェで、『京都三条ボンズカフェ』という番組の公開生放送に、ゲストとして出演して参りました。三条ラジオカフェは、2005年からわたしが『やなせななのななぽぽラジオ』という音楽&トーク番組を担当させていただいているコミュニティFM局です。
今回は番組収録の前に、まずカフェでライブをして、その後番組に入るのですが…当日は音響トラブルが発生し、それに対応し切れませんでした。反省しきりです。ライブを楽しみにお越しになった皆さまには、申し訳ないことをしてしまいました。スミマセン。

でも、あたたかい目で見守ってくださったお客さまを前に、ライブ後しばらく時間を置いてから、公開収録は始まりました。
『ボンズカフェ』は、そのタイトル通り、お笑い芸人のように陽気でおもしろいボンズ(※本物のお坊さんです)の杉若恵亮さん(写真左)と、ぽそりと発するひとことが最高におもしろい、これまたボンズの梶田真章さん(写真右)、そして天然系ながらも鋭い視点を忘れない、現役女子大生アシスタントのよこやんさん(写真中央)の3人がパーソナリティをされています。
とにかく!魅力的な方々で、すぐファンになってしまったやなせ。お話するのが本当に楽しいひと時でした。でも、いつまで経ってもラジオトークに慣れることができず、あわあわ。これまた反省しきり。

わたしの生まれ育った実家は、奈良のいなかの山のふもとにあるせいか、ラジオの電波というものが非常に入りづらい環境にありました。そのため、幼いころからラジオを聴く、という習慣がなく、自分がラジオ番組を持つようになっても、参考にできる知識は全く持ち合わせておりませんでした。とにかく緊張して、うまく話せない。
そのくり返しで、やっとこさでここまで来ましたが、最近はラジオを介して人と出会ったり、交流を深めるきっかけを得ることが多くなりました。

たとえばわたしがパーソナリティを務める『ななぽぽラジオ』は、2005年に始まった当初はゲストを招かずひとりしゃべりだったのですが、今では毎回ゲストをお呼びしてお話しています。画家、作家、会社社長、ミュージシャン、女子高生…とゲストは多様で、ラジオにご出演いただかない限り、そうそう聞くことのできないお話…たとえば、どんな人生を歩んで来られたのか、どんなことを考えて生きておられるのか、これからどう生きてゆこうと考えておられるのか…そんなことを限られた時間内にお聞きすることが、わたしにとってはとても大切なライフワークとなりました。これからも様々な方をお招きし、お話を聞きたいと思っています。

また逆に、今回のように、どなたかがされている番組にゲストで出演させていただくことも増えました。
ラジオという電波に乗るとは言え、初対面に等しい方と、精いっぱいお話するというのは、他者との重要な触れ合いの場となります。また、そこで、曲を流していただければ、耳にしてくださるお客さんとも巡り合える。広がる出会い。
楽しいなあ、と今更ながら、ラジオというものにはまり始めています。

そんなこんなで、地元奈良でも番組を持たせていただくことになりました。ほんの5分間ですが、ならどっとFMの人気番組『ナビータなら・フライデー』の中のコーナー番組『やなせななの夕空メロディ』です。このことがまた新しいご縁となり、明るい女性スタッフが多いならどっとFMさんでは、地元アーチストとして応援していただいたり、様々な面でお世話になっています。

わたしは本来人づきあいがあまり得意ではなく、放っておくと人見知りも激しいので、以前は初めて会う方に対して、挨拶ひとつまともにできませんでした。今も、感情がすぐに顔に出るので、そういうところは32歳にもなって何をやっているのだ…と情けなく思うこともありますが。
でも、歌う上で、生きる上で、ラジオでも、何でも、今は誰かと出会い、触れ合えるきっかけや時間を得ることが、とても貴重だと思えるようになって来ました。

明日からは、2日間で四国へ行って来ます。詳しくはスケジュールのページをご覧ください。
また新しい出会いがあるといいな。
お近くの方は、ぜひぜひお越しくださいませ。いつも心よりお待ちしております。

 

お問合せ