New Album 「遠い約束」

Diary『函館コンサート』

先週末、2年半ぶりに北海道函館市にある金森ホールで、CD発売記念コンサートをさせていただきました。
以前はファーストアルバム『あいのうた』の発売記念で訪れたのですが、その時は6月。過ごしやすい季節でした。
あれから2年半も経つなんて。何だか信じられません。あっと言う間のようで、でも、思い返すともっとずっと前のような気がする。いろんなことが、あったなあ、としみじみ。
でもとにかく、またこうして訪れることができて良かったです。

函館は、わたしが住む奈良からは遠く離れていますが、実は、わたしの兄が診療所を開いており、そのおかげで、兄を始めとする大勢の方が、やなせのコンサート実現に協力してくださったのです。誰かの力に支えられなければ、絶対に実現できない2日間。
たくさんのあたたかい心に触れた旅となりました。

コンサートの前日は、おしま病院というホスピスを訪問しました。ここは、前回函館でコンサートをした折にも訪ねた場所です。
ホスピスは、末期がんなどを患い、そう長くは生きることのできない方々が、苦しむことなく最期の日を迎えるために入っておられる医療施設です。
院内の広場のようなスペースで催されたコンサートには、患者さん、ご家族、病院スタッフの方々の他、以前このホスピスでご家族を亡くされた遺族の方が、わたしたちの演奏に耳を傾けてくださいました。ピアノは、黒木千波留さん。

人間は、誰もが例外なく、いつか必ずこの世を去らなければなりません。
そんなことは、頭ではよくわかっていたはずなのに。
旅立つ日を迎えようとしている方の眼差しを見ると、どうしてこんなにもせつなくなるのだろう。
大事なひとの死に直面している方の横顔を見ると、どうしてこんなにもかなしくなるのだろう。
たいせつな誰かの背中を見送った方の涙を前にすると、どうしてわたしまで、泣きたくなってしまったのだろう。
唄いながら、いろいろな想いが、心の中を駆け抜けてゆくのでした。
もしかしたら、この演奏が、目の前にいる患者さんにとって、この世で最後に耳にしていただく音楽になるのかもしれない、と思うと、何とも言いようのない感覚で胸がいっぱいになります。
あなたの姿を、忘れたくない。

でも。
よく考えると、いつも同じなのですよね。
先のことなど何ひとつわからなくて、あしたここにいられるかどうかもわからなくて。
二度と巡り来ることのない一瞬を、わたしたちは生きている。
それ以上でも、それ以下でもない存在。
改めて、今、この時を、いとおしく想う感情が湧きあがり、命あることに慄然としました。
とは言っても、ていねいに暮らすことなど、そうそうできない愚かなわたし。

ただ。
同じ空に帰る日まで、くりかえし。
わたしはこうして、歌い続けてゆきたいと思うのです。

そんなホスピスコンサートの翌日は、港街にある古い倉庫を改装して作られた、金森ホールでのソロコンサートでした。
ここは本当に雰囲気が良いのです。素敵な建物にうっとり。音響も良いのです。こんなホール、関西にもあったらいいのになあ。。。
コンサートには、粉雪が降る寒い中、大勢の方がお越し下さいました。中には、10年ぶりに会う同級生も来てくれていて、本当にうれしかった。こんなご縁を大切に、これからもがんばります。
熱心に聴いて下さった皆さま、また、様々な面で協力して下さったスタッフの方々、本当にありがとうございました。
終演後は、おいしい海の幸をたらふく食べました~。ホタテ!いくら!銀だら!サイコー。
しかし。
例によって、またまた太りました。いけません。ほんとうにいけません。これから年末にかけて、何としてでも健康的な体形になろうと思います。思っているだけですが…。にょ。

そんなこんなの函館ツアー。
CDは、たくさんの方の暮らしの中へ旅立ってゆきました。
ありがとう。
またいつか、お会いできることを願って。

Diary『学校へ行く。』

このホームページの中の、スケジュールのページにアップしているライブ活動以外に、やなせはお寺や病院、老人ホームや学校、幼稚園といった場所でも、歌を唄っています。

わたしは、ある一定の年齢以上の方を想定して曲を作っているので、幼い子どもや学生さんの前で歌う学校公演というものは、正直言って苦手なんです。
でも、縁あってお仕事をいただき、学校へ行くと、苦手な年代の方の前でも演奏するしかありません。
四の五の言わずに、とにかくやってみると、意外と熱心に耳を傾けてくれる子どもたちに出会ったり、元気いっぱいに学校生活を送っている健康な生徒の姿を見ることができ、それはそれで楽しいな、と最近は思うようになりました。

近頃は“文化の秋”ということもあって、学校にお招きいただく機会も多いのですが、先日はわたしの母校である小学校へ行って来ました。その日は祝日でしたが、朝から日曜参観のような形で授業が行われており、午後からは体育館で生徒たちの音楽発表会、そしてPTA主催のやなせななミニコンサート、という行事が予定されていたのです。

小学校の体育館に足を踏み入れるなんて、20年ぶりです。
水銀燈が点る天井、つやつや輝く板張りの床、ワックスのにおい、片隅に並べられた跳び箱、バスケットのゴール…わたしが子どもの頃に見た光景と、ほとんど何も変わっていなくて、忘れていた記憶が次々とよみがえりました。
昔は体育が苦手で、跳び箱が跳べなくて泣いたなあ、とか、この舞台でアコーディオンを弾いたなあ、とか、学校行事で体育館に泊まったことがあったなあ、とか…。なつかしい思い出が、ここにはたくさん残っています。

全くの余談ですが、久しぶりに学校へ行って、小学生の頃、図書館でよく読んだ本のことを、突然思い出しました。題名はわからないのですが、主人公はとってもわがままな王様で、シリーズものなんです。挿絵もかわいらしかったー。
たまご焼きが大好物の、ひげ面の王様は、いつも周囲の家来を困らせてばかり。わがままが過ぎて、ばちが当たり、最後は反省する、という、そんなお話だったような。あの本、大好きだったな。今思えば、王様に共感してたんですね。
この物語、絶対人気があったと思うのですが、知っている方いますか?今も読まれているのかな。

閑話休題。
コンサートの日は、せっかくの機会なので、お父さんお母さんに混じって、生徒たちの音楽発表会を見学することにしました。みんなとても真面目な表情で、楽器を演奏しています。ほほえましい姿でした。
「ななちゃんやんなあ?」舞台を見ていたわたしに、不意に声をかけて来たお母さんがいました。20年ぶりに会ったので、一瞬わかりませんでしたが、すぐに思い出しました。近所に住んでいた、幼なじみです。彼女は同級生と結婚し、今では3人のお子さんのママだそうです。
なつかしい顔に出会ったことで、ふっと気持ちがやわらかくなりました。
その後始まったコンサートでは、アニメソングや童謡も演奏しましたが、知っている曲が出て来ると、子どもたちは喜んでいっしょに唄ってくれます。きらきらした眼差しに支えられて、肩の力が抜け、コンサートはあたたかい雰囲気に包まれて終わりました。

実を言うと、わたしの母校は、今年度いっぱいで廃校になります。
わたしの祖父も、父も通った、歴史ある学校でしたが、少子化(及び過疎)が進む中、在校生の人数が減り、近隣の別の小学校と統合せざるを得なくなったとのこと。

毎日通った校舎も、親しんだ校歌も、制服も、もちろん校名も、全てがなくなってしまいます。
卒業後も、近所に住んでいたわたしにとっては、いつも子どもたちの声が聞こえる、のどかな小学校の光景は、そこにあるのが当たり前の存在でした。なくなるなんて、夢みたい。

なつかしい学び舎は、廃校後の利用方法もまだ決まっていないらしく、この体育館もどうなるかわからないそうです。こんなに頑丈そうで、まだまだきれいなのに…。
何か良い形で、地域の住民の方に役立つ施設として生まれ変わって欲しい、と今はただ祈るばかりでした。

時の流れには逆らえません。
人は旅立ち、景色は変わり、全ては移り変わってゆきます。
わかっているけど、さみしいものです。

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