New Album 「遠い約束」

Diary『サヨナラ2007年』

今年も残すところ、あと数時間となりました。

本日の写真は、私鉄の駅構内にあったクリスマスツリー。本当はクリスマスの頃のダイアリーに載せようと思っていたのですが、ぼんやりしている内に、時期を逸してしまったので。

このツリー、失礼ながら、美しかったから写真に収めた、とかそういうわけではなく、飾りがおもしろかったので撮りました。
ひらひらとついている星型の紙は、この私鉄の駅を利用しているであろう誰かの、お願いごとを書いた短冊のようなものなんです。
ふと、足を止めて眺めてみると、みなさんいろいろな願い事を書いているんですねー。達筆な文字で「家内安全」「商売繁盛」といった内容を記しておられるものもあれば、「彼氏ができますように」「お金が儲かりますように」「受験に合格できますように」といった、現実的なお願いごともありました。
そんな中、わたしが一番心惹かれたのは「○○になる。」(※○○は職業名)という、願いというより決意を書いていたもの。「なれますように」ではなく、「なる。」だって。うむ、そういう気持ちの方が、願いは叶うでしょうな。
何だかツリーというより、初詣に行った先の神社で見かける絵馬のようでした。

初詣、と言えば、わたしはこの後夕方からお出かけをして、友人のお寺で年越しのお念仏を唱えて来ます。
今年にお別れを告げながら、新しい年を迎える際に、なむあみだなむあみだ…と一心に唱えていると、心が空っぽになり、実にすがすがしく年を越せるのです。なむあみだ…に気を取られて、願い事など唱えている隙がないところがまた良し。来年もまた、どうにかなるしかないのだ。

2007年、やなせななは、新しいCDを2種類作り、全国10ケ所以上で発売記念ライブを行いました。CDのことを想い、CDのために生きた年でした。
たくさんの皆様の力をお借りし、応援していただきながら、あれやこれやと、ひとり東奔西走した1年。
無事に今年を終えられることに対して、感謝の気持ちでいっぱいです。

でも、良い意味でも悪い意味でも、力を使い果たしてしまい、体力・精神面での自分の弱さ、そして限界をほんとうに痛感しました。
来る年は、心身ともに無理をせず、決して不相応な欲を持たず、ぼちぼちのんびり生きてゆこうと思います。

お世話になった皆様、あたたかく応援して下さった皆様、仲良くしてくれて、支えてくれたみなさん。
出会った人も、お別れした人も。
みんな、みんな。
ありがとう。
来年も、やなせななをどうぞよろしくお願い申し上げます。

サヨナラ2007年。

Diary『アロマセラピー講座へ行く。』

ちょっとしたことで、すぐくよくよと落ち込み、そのせいか日頃から肩コリがひどいやなせは、アロマオイルを使ってマッサージをしてくれるエステサロンに行くのが、何よりの楽しみです。
サロンのお姉さんの、職人的技術もさることながら、施術に使用されているアロマオイルは、とっても良い香りがして、エステの気持ち良さが倍増し、夢ごこちにしてくれる魔法の薬。

サロンに通っているうちに、この“アロマオイル”というものに興味が湧いたので、この度アロマセラピーの基礎講座というものを受けに、大阪まで行って来ました。初心者でも受講できる、簡単な講習会です。
行ったのは、NEAL’S YARDという、イギリスに本社があるアロマオイル関連の化粧品等を扱っているお店のスクール。

わたしは、音楽を始めてからというもの、これといった習い事などしたことがなく、また、学校を出てからは講義なるものを受けたこともありません。たった2日間の集中講座ですが、スクールに行くというだけで、ドキドキわくわくです。

教室は心斎橋のニールズヤードショップの上にあり、受講者は15人程度。全員女性で、年齢は20代後半から40代といった感じ。
講師は水野裕子さん似の、きりっとした美しい先生で、教え方もとってもわかりやすく、1日6時間の長い講義も、あっと言う間に感じました。
アロマセラピーとは何か、その歴史、エッセンシャルオイルの効能、使い方…いろんなことの概要を習いましたが、それを通じてわたしが何より感動したのは、草花というものが、こんなにすごい力を持っていた、ということ。

わたしは花オンチで、咲いている花を見ても、何の種類なのか、ほとんどわかりません。
園芸にも、華道にも、フラワーアレンジメントにも全く興味ナシ。もちろん、花を見ればきれいだなあ、と思うし、きらいというわけでは決してないのですが、だからといって、関心を抱いて何かするほど好きではなかったのです。

今回も、アロマセラピーに興味があっただけで、お花の話を聞くことになるとは思っていませんでした。
でも、アロマセラピーに使用するエッセンシャルオイルというのは、その全てが草花や果実の皮などから抽出したエキス。つまり、植物の体内から出された分泌物なので、必然的にお花の話を聞くことになったのです。

良い香りを放つエッセンスは、植物たちが種の保存などを目的に分泌していると言われているそうですが、ほんと、お薬のようにいろんな効能があるのですよ。
リラックス効果、鎮痛効果、除菌効果、強壮効果…。可憐でちいさな花にも、実はすごい力が隠されていたのです。それらを利用するアロマセラピーは、漢方にも似た自然療法なんですね。初めて知り、自然の力の偉大さに感動しました。

そういえば、幼い頃から田舎暮らしのわたしは、学校でいやなことがあったり、親に叱られたりすると、決まって家の裏山の森の中へ逃げました。森の中で、歌を唄ったり、パポーとたて笛を吹いて遊んでいると、大いなる存在に包まれているような気がして、なぜか元気が出たのです。
森林浴をすると体に良い、というけれど、あの森の緑の香りもまた、アロマセラピーに通じるものがあったのかも。突然思い出しました。

話を戻します。
アロマ講座では、バスソルトやマッサージオイルなどを自分で作るといった実習もありました。それもまた、理科の実験みたいで楽しいのだ♪
写真手前の黄色いものは、蜜蝋(※はちみつの一種のようなもの)とアーモンドオイルに、ラベンダーとベルガモット(※みかんの一種)のオイルを加えて作ったハンドクリーム。つけると、お肌がしっとりします。手に限らず、からだのあちこちにぬりぬり。ほわんと漂う香りに、心が落ち着きます。

こういった草花の香りやエキスは、人間のマイナスの感情に働きかけてくれるそうで、アロマを焚いて眠るとリラックスできるし、また、作家さんの中には、凝り固まった頭の中を、アロマオイルを焚くことでリフレッシュして、創作に向かう人もいるそうです。
創作の場に!おお、それは良い。早速使おう!
…と、思ったのですが。
ここで、ひとつ大きな問題が。

リラックスではなく、頭をリフレッシュさせるような効能のエッセンシャルオイルの中で、わたしがいいなあと思った香りって、オレンジとかレモンとかの果皮を使ったものがほとんどなんです。
ネコが好きな方はご存じだと思いますが…
ネコって、みかんが大嫌い。
オレンジのオイルなど部屋で使おうものなら、我が家のネコたちの総スカンをくらうこと間違いなし。

冬はぬくぬくネコと寝たい、でも、オレンジのオイルを部屋で焚きたい、でも、ネコと寝たい、でも、オレンジのオイルを焚きたい、でも、ネコと寝たい、ネコには逆らえない、ネコに嫌われたくない、ネコ様のご機嫌をそこねたくない、ネコ様の…とほほ。

Diary『証』

月日の経つのは、どうしてこんなに早いのでしょう。
もう師走。またしても、ダイアリーの更新に間があいてしまった…。
写真は我が家のゆきちゃん。うるうるした、大きな瞳が自慢です。
あたりはすっかり寒くなりましたね。2008年ももうすぐ終わり。

先日、わたしは大阪のフェスティバルホールに、Song For Memoriesのコンサートを観に行って来ました。元オフコースの鈴木康博さん、元赤い鳥(ハイファイセット)の山本潤子さん、元ふきのとうの細坪基佳さんの3人が、サポートメンバー(Gt.)ひとりを加え、ほとんどギターのみの演奏で、なつかしい歌を歌う、というシンプルなライブ。
年輪を重ねた歌声は、昔のレコードより一層の輝きを放ち、ゆったりとした立ち居振舞いも、言動も、余計な力が一切感じられなくて、そのリラックスしたステージングが、とっても素敵でした。

客席を見渡すと、ほとんどがが60~50代くらいの方と見受けられます。次いで40代、といったところ。
夫婦らしき年配カップルが、肩を寄せ合って聴いていたりして。ほほ笑ましい姿でした。
会場には、青春時代を彼ら(オフコースや赤い鳥やふきのとう)と共に生きたわよねえ、という、何だか独特の仲間オーラみたいなものが溢れていて、わたしは何となく、置き去り気分。

でも、コンサートが始まると、たとえリアルタイムじゃなかったとしても、わたしにとってもなつかしい名曲がどんどん演奏され、感動しきり。中でも山本潤子さんの「フィーリング」は、本当に鳥肌モノで、有無を言わさぬ歌力に、気がつけば涙がにじんでいたのでした。

そんな3人が、MCで話していたのは、最近の音楽事情。
イマドキは、パソコンで音源ダウンロードしちゃったら終わりなんだって。ジャケットとかないんだよ。さみしいなあ。心配にならないのかな。
そんな会話をひとしきりした後、細坪さんが「残るものを作りたがらない時代になったんだよ」と、ぽつり。
わたしの心に、その言葉はすとんと入って来ました。

確かにそうだ。
昔、レコードは高級なもので、ラジオから流れる歌に惹かれて、いざLPを買うとなると、何日も迷った挙句ようやく手にしたものだよ、と、年上の人から聞いたことがありました。やっと手にしたからには、そのLPを大事に、必死で聴いたとのこと。わたしは、そんな時代の最後、ちょこっとだけかぶっていた世代で、わたしより若くなると、そういう経験をしている人が、ぐっと少なくなるのではないでしょうか。
今は、ケータイやパソコンにダウンロードして、歌詞は読まない、飽きれば消去。はい次、はい次、で音を消費し、それは泡のようにはかなく消えてしまうことがほとんどです。曲の向こう側に見えるはずの、人間の姿はぼんやりしてしまう。
もちろん、例外はあります。最近学校公演で知り合った高校生に話を聞くと、自分の好きなアーティストの生き方に想いを馳せて、真摯に耳を傾けている、そんな思いを実に熱く語ってくれました。
でも、時代の音楽とも言えるようなものは、いつからかはっきりした輪郭を持たなくなったような気がするのです。
肩を寄せ合ってコンサートを聴く、老夫婦の背中を見つめながら、わたしはなぜか、かなしい気持ちでいっぱいになりました。わたしもまた、そんなぼやけた輪郭の時代に育ち、そこにさほどの違和感を抱くことのできない世代だからです。

僕たちはこれからも、こうしてたいせつな歌を歌って行きます。
ステージの3人はそう言って笑いながら、がんばろう、といったメッセージの新曲を、明るく演奏して去ってゆきました。
残してゆきたい青春の証と、今の自分。その両方を、肩肘張らずに表現していた、偉大なシンガーソングライターたちの姿を目の当たりにし、わたしはそれでも勇気づけられたのです。

良いものは良いのです。
伝わった誰かの心に残り、命と共に生きる記憶、そして感動。
これからも、わたしは音楽を愛し、ていねいに耳を傾けてゆきたい、と改めて思いました。

 

お問合せ