Diary『君がいてくれたら。』
相変わらず、時間がある限り、できるだけ部屋にひきこもっているやなせです。元気の源は、北海道産・バンビの生キャラメル。これ、お値段はひと箱630円と、ちょっとお高いんですが、めっちゃめちゃおいしいのですよ。パクっとひとくち食べたら、頭がきりりとします。ですが、これじゃあ太るばかり。いかん。
そんな今日この頃、奈良県内にあるカフェ・ナナツモリさんへ行って来ました。
ナナツモリさんは、1階がカフェで、2階が写真館。このホームページで使用しているやなせの写真は、オーナーであるカメラマンの田村広司さんに撮っていただいたものです。
ナナツモリさんのオーナー夫妻は、すごくセンスが良いのです。カフェはほっこりくつろげる雰囲気で、時間の流れがゆるやか。それに、おしゃれな家具や雑貨、食器、観葉植物もいっぱいで、わくわくしてしまうのでした。写真は、カフェに飾ってあった、レトロなミシン。素敵でしょ。乙女心(?!)がくすぐられます。
他にもいろいろ素敵なものがあって、見ているだけでテンションが上がり、思わず携帯カメラで撮ってしまったので、また載せてしまうかもしれません。
今回は、初めてランチをいただきました。
ランチのプレートには、からだにやさしいおかずがいっぱい!絶品・カリカリごぼうが乗ったサラダに、かぼちゃのグラタンや、じゃがいもと枝豆のコロッケ、ゆずこしょう風味の鶏肉など、めっちゃおいしくて、種類も豊富。そのおかずプレートに加えて、えんどう豆のスープ、雑穀米のごはん、デザート付きで950円也。ボリュームも十分で、めちゃお得。奈良の方は、ぜひ行ってみて下さいね。オススメです。
それにしても、誰かとおしいいものを向かい合って食べる、ということは、ほんとうにしあわせなことだなと思う。
もちろん、ひとりでごはんを食べても良いのですが、どんなに高級なお料理が並んでいても、どんなにお金がいっぱいあっても、やはり人は、向かい合う他者が必要。ひとりでは生きてゆけないな、としみじみ思うのです。
先日、秋葉原で無差別殺人事件が起きました。何の理由もなく、一瞬で命を奪われた方、そのご家族、お友達…心中を察すると、胸が痛くてたまらない気持ちになりますし、決して許されないことであることは間違いないけれど、同時に、殺した男性の孤独を思うと、やりきれない思いにもなるのです。
彼女がいなくてつらい、とケータイの掲示板に書いていたとのこと。
大変バカげた想像ではあるけれども―
もしかしたら、誰かひとりでも、彼というひとを理解しようとして、だいじょうぶだよ、と言ってあげていたら。
そのことばが彼の心の奥に、ほんとうに届いていたら。
あの事件は起きなかったかもしれないのかな、と、思ったりして、わたしは、何だかとてもせつなくなりました。
でも、失われたかけがえのない命は、決して戻らない。彼は、愛されたいと願うあまり、生きていたいと願うあまり、他者もそう願って生きていることを、想像できなくなってしまったのかもしれません。自分が刺したひともまた、誰かと向かい合ってごはんを食べることをただ望んでいるだけの、か弱く孤独な生き物であることを、殺人の瞬間は、おそらく認識できていなかった。その結果、絶対に許されないことをしてしまったのでしょう。
死、と言えば。
わたしが住む村を歩いていたら、通りすがりの畑から、ご門徒のおばあさんが誰かとお話しているのが聞こえました。
「そんなかんたんには死なれへん。死ぬまでたいへんや。」
おばあさんは、93歳。曲がった背中を、さらに折り曲げて、しわしわの手で、土を耕していました。
おばあさんは、先日息子さんを亡くしました。それまで、息子さんと並んで耕していたであろう畑に、今はひとりで向かっているのです。強い背中でした。
にんげんの一生は、一寸先も闇です。かなしい出来事は、いくつもいくつも起きている。誰かの身の上にも、あなたの身の上にも、わたしの身の上にも。
でも、生かされている間は、死ぬまで、きちんと、生きてゆきたいと、ごはんをもぐもぐ噛みしめながら思いました。
そして、目の前で笑ってくれる、自分ではない誰かを、たいせつにしたい、と。


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