New Album 「遠い約束」

Diary『4年後』

とうとう終わってしまいました。オリンピック。
基本的にヒキコモラーのワタクシは、開催期間中、そりゃあもうほぼ毎日、欠かさず観ていたのです。
いろいろな問題を抱えた祭典だと言われていましたが、でもやっぱり感動したなあ。毎日ドキドキわくわくの連続で、たくさんのドラマに夢を見せてもらいました。個人的には、女子レスリングの伊調姉妹が好き。かわいくて強くて、そしてあの素晴らしいコメントと笑顔。ステキ過ぎる。

毎日心の中はお祭り気分だったけど、始まってしまえば、あっと言う間だったな。
盛り上がった分だけ、なんだかさみしさもひとしおです。

4年後のロンドンで…というセリフが、閉会式の中継をしているアナウンサーさんから何度も出たけれど。
2012年。
自分がどこで、何をしているのかなんて、誰もわからないんですよね。

閉会式の映像をぼんやり眺めながら、わたしは、あと何回、こうして愛する家族の傍らで、のんきにオリンピックを見ることができるんだろう、と考えてしまったのは、今回が初めてでした。
実は最近、そんなことばかりに思いを巡らせてしまうのです。暗いねん。

いや、でも、正直言って、未来に希望を持つ、というよりは、明日が来ることが怖い。そんな心境なのです。
なぜなら―
生きている限り、自分の両腕の中から、いとおしい“今”がどんどん失われて行ってしまうから。
サヨウナラに向かって、自分は確実に歩いているから。
止められない流れの中にいる。そう思うと、思うだけで、泣きたいような、せつない気分になるのです。
でも、このままで時間が止まればいいのにな、と思うということは、それだけ今がしあわせってことなのかもしれないけど。
まあいずれにしても、オリンピック観戦でも何でも、とにかく二度と巡り来ることない今を、もっとたいせつに、いちにちいちにち、しっかり味わって生きてゆかなくっちゃ、と改めて思うのでした。

そんなこの頃、周囲は秋の気配に包まれています。
祭りの背中を見送ると、夏の終わりを告げる、冷たい風が、心の中を吹き抜けてゆきました。

Diary『暑中お見舞い』

申し上げます。いやー暑い毎日が続きますね。
みなさまお元気ですか?

今週はお盆ウイークなので、やなせはご門徒さんのお宅をお参りをしたり、うちのお寺の法要の準備をして、法要をしたり、他のお寺にお招きいただいたり…と、尼さんらしいお盆を過ごしています。

前回のダイアリーで、部屋の大掃除をしている、というようなことを書きましたが、汗だくになりながら、毎日ちょっとずつ進めていたら、おかげさまで数日前にようやく完了し、実にスッキリしました。
ゴミ袋5つ分(!)の物を捨て、本やCDを売り、新たに整理棚を3つ購入して、模様替えがてら、これまでよりも使い勝手が良くなるよう収納を工夫し…。
仕上げは「サッサ」であちこち磨き上げて、今はピカピカの部屋にいます。「サッサ」とは?紙ふきんの商品名で、名前通りさっと拭くだけで、あちらもこちらもピッカピカになるスグレモノ。モップの先にくっつければ、壁や窓、天井など、高いところもサササのサ。
でも、磨いたそばから、輝く床の上に、我が家のネコどもが抜け毛を撒き散らすのですが…とほほ。

それにしても、部屋がきれいだと、なんだか心もスッキリ軽くなりますね。汗もかいて気持ち良いし、夏に大掃除、これはオススメです。

そんなきれいになった部屋で、やなせは一体何をしているかというと、ほぼつけっぱなしのテレビの前で、オリンピック観戦三昧でございます。
日本人選手がメダルを取る姿を見るのは、本当に感動しますが、メダルうんぬんではなく、世界トップクラスの選手として活躍する方々は素敵だし、それは日本人に限ったことではなく、他の国の選手の超人的な技や記録を目の当たりにするのもまた楽しいものですよね。凄まじい努力と才能の上に成り立っている、奇跡的な技術の数々。感動です。

とは言うものの、この世では同時期に戦争やテロが起き、自然環境の破壊も進んでいます。それは悲しいことですが、人間は愚かである、とひとことで片づけることができない複雑な現実も背景にはあるわけです。
のんきにテレビを見ることしかできませんが、美しい自然が守られた地球の上で、私たちにんげんが単純にスポーツを楽しめる平和が、世界中の人々に等しく訪れることを、ただ祈っています。

そんなやなせ、しばらくお寺以外でのライブはお休み、と思っておりましたが、ひょんなことから、24時間テレビ関連のチャリティーイベント会場で、歌を歌うことになりました。
イベント会場は、約1年ぶりの訪問になる名古屋です。詳しくは、スケジュールのページをご覧くださいませ。
名古屋近郊にお住まいの方は、ぜひぜひお越し下さいね。

Diary『荷物の整理』

暑い毎日ですが、やなせは相変わらずの浪人生暮らし。
昼夜をほぼ逆転させながら、毎日部屋にこもって、ほとんど外に出ない生活を続けているうちに、ある時、自分の部屋の汚さにイラっと来たので、突如思いついて、部屋の大掃除を始めました。

と、言っても、わたしはそんなに散らかす方ではありません。
一度「ここ」と物の置き場所を決めたら、必ずそこへ戻さないと気が済まない性格なので、部屋が散らかってくちゃくちゃになるというような状態には、まずなりませんし、いらないものはさっさと捨てることが多いので、そんなにモノで溢れ返ることもないのです。
ですが。
生きていると、荷物ってどうやっても増えるんですね。

わたしが前に「ここ」と決めて大掃除をしたのは、確か5年前だったと思います。
5年も経てば、ビデオ(DVD)、CD、本、手紙、写真、仕事の書類やらなんやら、自分が書いた詩やら雑文やらの切れっぱし、いただきもの、鞄、服、美容グッズ…増えているんです。確実に。
そうなると、「ここ」には収まりきらなくなって来ていて、最近は何とかごまかして収納していたのですが、いよいよこりゃ何とかしなくては…と、思い始めていたのでした。

よし、と一念発起し、いらない本やCDなどを売りに行ったり、あれやこれやと捨てたりして、スペースを作りつつ、もうちょっと使い勝手が良い収納に変更しようと試みたり、いっそ模様替えをしちゃおう、と思ってみたり…。
そんなこんなで、あっちこっちひっくり返していたら、押入れから出て来た物に対して、またいろいろ気になってしまって、これまでざっくりとしか整理していなかった、昔の歌詞カードやら譜面やらフライヤーやらを、これを機に、年代別にファイルにきちんと収めようと試みてしまったりして…もう、かんたんには収拾がつかない状況になってしまいました。今も、まだ、半分くらいしか片付いていません。まだあと4~5日はかかるだろうなあ。ひー。

それにしても、どうしてこんなに増えてゆくのでしょう。
生きていると、絶対に増える荷物。押入れを占拠する「過去」たち。
どんどん捨ててしまえたらいいのにね。
でも、消せない昨日が積み重なって、今のわたしに至っている、と思うと、おいそれとは捨てられなかったりするんです。過去は所詮過去で、手を伸ばしても、もう絶対に届かないのに。
それに、明日、死んでしまうかもしれないのに。死んでしまえば、ぜんぶ置いて逝かなければならないのに。
何に執着して、何を手元に置いておこうとしているんだろうか、わたしは。
そう思いつつも、この度の大掃除でも、捨てられなかったものは結構ありました。

本当は、このまま何もかも手放して、ゼロからスタートできたらどんなによいだろうと思います。でも、わたしとして生まれて来たからには、死ぬまでわたし。そうかんたんにリセットできない、じんせい。
過去を背負って、整理をしつつ、今を生きてゆくしかないのでしょう。ささ、また掃除掃除。

そんなワタクシ、この散らかり果てた部屋を置いて、明日は地元・壷阪寺の花火大会でコンサートに出演いたします。ピアノは、おなじみ黒木千波留さん。
このライブが終わったら、一般公開のソロライブは、またしばらくお休みになります。
ちょっと不便な土地ですが、やなせの故郷ですし、情緒あふれるお祭りですので、関西の方は観光がてら、ぜひぜひお越しくださいね。
いつも心よりお待ちしております。

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