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やなせなな×印南敦史 スペシャルインタビュー

トップページ > インタビュー

長い間ずっと蓄積してきた思いを、このアルバムに詰め込みました

やなせななさんと僕との出会いは2007年。この年の夏に出たアルバム『遠い約束』が気に入って、ある音楽サイトでリコメンドしたことがきっかけでした。あれからずいぶん時間が経過しましたが、お互いにそれぞれの場所で人生経験を重ねて来た結果、『夜が明けるよ』のリリースに合わせて対談をしましょうということになったのです。
お誘いをいただいたとき、どうしても実現させたいことがひとつありました。やなせさんのご実家の、お寺で話をしたいということ。あの等身大の音楽性が、どんな場所で生まれたのかを知りたかったからです。
そんなわけで奈良まで伺い、自然に囲まれた静かな環境でお会いすることになったのでした(しかも、オンライン上では何度もやりとりしていたのですが、考えてみると初対面でした)。

震災以降、ずっと忙しかった

印南「『遠い約束』が2007年ですから、初めてやりとりをしてからもう9年が経つことになりますね。早いや」
やなせ「あのレビューを見つけたとき、とても救われる思いがしたんですよ。『知ってはる方がいらしたんだ』って」
印南「でも、あの時点でそこそこ知られてたじゃないですか(笑)。少なくとも、僕はそう思ってたけど」
やなせ「そんなことないですよ。本当にやめてしまおうかなと思ってた時期だったし。あと、あのアルバムは子宮体ガン闘病当時につくったものでしたしね」
印南「逆に僕は、初めて聞いたときにはガンのことは知らなかったから、あとから知って驚きました。しかしいずれにせよ、あの出会いがあったから今日があったということですね。数年ぶりにご連絡をいただいたので、すごくびっくりしたけど(笑)」
やなせ「今回はひさしぶりの作品ですし、思入れも強いので、ぜひ書いていただきたいと思ったんです」
印南「そんな大層な人間じゃないんで、なんだか恐縮ですけど(笑)。ところで今回は2009年の『願い』以来のリリースとなるわけですけど、この期間はどうしていらしたんですか?」
やなせ「東日本大震災が起きてからは、震災支援とお寺コンサートに追われていました。コンサートが、多いときで月に28回あったりしたので家にも帰れないし、新しい歌をつくったり、制作や創作にまったく時間を割けなかったんです。震災支援の曲を集めたCDは出しましたけど、頭からオリジナルっていう作品は7年ぶりですね」
印南「そこがちょっと知りたかったんだけど、そもそも、なぜ震災支援をすることになったんですか?」
やなせ「最初に所属していた事務所の社長が福島出身の方だったこともあって、デビュー当時から東北に歌を歌いに行くご縁があったんですね。なので以前から福島と宮城には毎年行っていて、震災直前の2月20日ごろにも宮城でコンサートをしていたんです。ですから、他人事って思えなかったといいますか。そのため2012〜13年ぐらいは忙しくて、2014年の夏からやっと、このアルバムの曲を書きはじめたんです」

“悲しみからの喜び”をすくい取りたい

印南「なるほど、そういうことだったのか。でも、だったらなおさら今作への想いは大きかったでしょうね。まずはこのアルバムのコンセプトを教えてください」
やなせ「人の1日と一生を、縦糸と横糸みたいにしてあるんです。ひとりの人が子どもから大人になっていって、いろんな人生経験を重ねた結果、年をとって人生を終えるというようなメッセージがひとつ。」
印南「なるほど」
やなせ「そして同時に、若い子からお年寄りまでのいろんな人たちの気持ちなどを交差させてもいるんです。いろんな点と点があって、それを神様が静かに見下ろしている。それで降りてきて、ひとつひとつの世界を歌にしているというコンセプトなんです」
印南「そういう発想はどんなところから生まれたんですか?」
やなせ「震災以降、すごくたくさんの人とお話ししたんです。それで、いろんな人の人生に触れた結果、それらを作品にしたいなと感じて。すごく輝いた、名もなき人生のかけらがたくさんあって、それぞれの苦しみがあって……。そこから光を見出していく様子を、すくい取りたいというような思いがあったといいますか。こういう話をすると、『お坊さんだからこういう歌を書くんですよね』ってみんな納得したがるんですけど、実はお坊さんだと公表する前から、そういう歌を書きたいと思っていたんですよね。デビュー当時からずっと、日々の暮らしのなかに棲む、“悲しみからの喜び”みたいなものをすくい取れる作家になりたいなと思っていたんです」
印南「なんとなくわかるかな。お坊さんだからとか、そういう表層的な問題じゃないよね。それに、そういうコンセプトを知らない状態で聴いたとしても、これはすごくいい作品だと思います。お世辞じゃなく、まずバックバンドの演奏も素晴らしい」

人間の不完全なニュアンスを大切にしたかった

やなせ「その点については本当に、人に恵まれていると思います。なかには以前からお世話になっていた人もいますけど、ほとんどのメンバーは、サウンド面のプロデュースをしてくださったミムラシンゴさんが集めてきてくださったんです。今回初めてお会いしたんですけど、めちゃくちゃ勤勉な方で、関西で活躍しているトップミュージシャンに直談判してくださったんですよ。ミュージシャンひとりひとりに対する気づかいも細かいので、みなさんの心もほぐれた感じです」
印南「へえ、それはいい話だな」
やなせ「その一方では、私が長年お世話になっているスタジオの縁で、同じように関西で活躍しているトップミュージシャンの方にも頼みました。それからあとひとり、東京から武藤良明さんというアレンジャー/ギタリストの方が参加してくださっています」
印南「なにが心地よいかって、聴き流しているだけでも、ミュージシャンのみなさんが演奏を楽しんでいる様子が伝わってくるんですよ。アットホームな感じというか」
やなせ「私が10年以上おつきあいしている、奈良のNMGスタジオという小さなスタジオでレコーディングしたんです。エンジニアの人たちも家族みたいで、いい時期も悪い時期も全部知っている感じ。だから、そういうことが音に表れているのかもしれませんね」
印南「語弊があるかもしれないけど、70年代の良質なソフトロックやポップスにも似た質感がある気がしました」
やなせ「ああ、でも、それはあるかもしれません。スタジオにあった古いローズ(フェンダー・ローズという、70年代の音楽に多用されていたエレクトリック・ピアノ)を使ったりしているし。そういう、きっちりしてない感じがいいないうか。ストリングスもそうですよ」
印南「あ、そうそうストリングス。タイトル曲で生のストリングスを使ってることにも驚きました。たいてい、お金かかるからやらないじゃないですか」
やなせ「そうなんです。事実、『打ち込みにするでしょ?』っていわれたんですけど、『多少お金がかかってもいいから、人に弾いてほしい』って頼んだんです。それで、神戸のNPOにお願いして。弦楽器5人と吹奏楽器4人に来ていただいて、何回も何回も弾いてもらって、それを重ねていったんです。普通はそこまで頼まないんですけど、人に弾いて欲しかったんですよ。『いまどき?』といわれるかもしれないけど、私は人間の不器用なところが出てほしかったんです。不完全なニュアンスを大切にしたかったといいますか」

湧いてくる思いを追いかけるように書いた

印南「なるほど、だから懐かしいような感じがするんだ。それは絶対に正解だったと思いますね。しかも歌詞が、日常的で懐かしいというか」
やなせ「恋愛をテーマにした曲は“春待つペンギン”以外は一曲もないんですよ。“春待つペンギン”も、つがいになるペンギンの生態とかけ合わせてあるし。あとは全部生活の歌ですね」
印南「しかも、その生活の歌ひとつひとつにストーリーがあって、映像的なんですよね。そこがとても印象的でした。ああいう情景は、どういう過程を経てできあがっていくんですか?」
やなせ「自分のなかに確固たる物語ができあがっていて、映像とメッセージが先にあるんです。だから、その映像を追いかけて書いていきます。どうしたらうまく表現できるだろうって考えながら。『遠い約束』は曲が先だったんですけど、今回は完全に歌詞から書いたんです。メッセージと映像を追いかけて、たたき台の歌詞を書いて、それを見ながら曲をつくって、歌詞を歌用に推敲していってつくっていきました」
印南「実体験を歌にするという人はよくいますけど、対照的ですね」
やなせ「私ね、自分の経験だけだと、書けることに限りがあるって最初から思ってたんですよ。なにしろ一人分しかないので、それだけで書いてしまうと、その人しか感動できない内容になるじゃないですか。ですからいろんな人の話を聞いたり、いろいろなものを見て、そこからなにかを感じたら題材にするんです。それを『こっちから見たらどうかな、あっちから見たらどうかな』って考えてつくっていくんです」
印南「そのせいか、聴きやすいんだけど、聴けば聴くほどそのつくり込み具合がすごいなと感じました」
やなせ「ずっとつくらずに来たんで、7年分のつくりたかった思いが爆発したんですよ。次々と湧いてくるものを追いかけるくらいの感じで書けたので、すごく楽しかったです」

これからやりたいことはふたつ

印南「そういう意味でもこの作品はひとつの分岐点になると思うんですが、今後はどんなことをしたいですか?」
やなせ「『次はあんなことしよう、こんなことしよう』って、音楽でしたいことがいっぱい浮かんでくるんですよ。私はお坊さんですけど、それ以前にシンガーソングライターでありたいと思ってやってきたんです。だけど、ルーツにお寺があるのは事実ですし、古典芸能を長年やってもいたので、だんだん和の要素を取り入れることに関心が湧いてきたんです。和楽器奏者にも、たくさん知り合いがいますしね。わかりやすくいえば和風のポップスということになるんでしょうけど、それもね、究極にちゃんとしたいんですよ。中途半端なものではなく、普通に聴けるんだけど、和テイストがしっかり入っていて、メッセージ性も入っているような。そんなのができたらいいなとか」
印南「たしかにそれは、やなせさんにしかできないことだと思いますね。お坊さんという肩書きを持ったシンガーソングライターって、そうそういるものではないでしょうから。それはやるべきだと思うな」
やなせ「あと、このアルバムで一緒にやってるピアニストの大山りほちゃんと2人で、いろんな実験をしたいという欲望があります。音楽の感覚が合うんですよ。私はいままで、『スタジオに入って、音で会話する』とかいうのは好きじゃなかったんですよ。『そんなのありえない』とか思ってて。でも、りほちゃんとは合ったんですよね。いろいろやってるうちに、『いけたな!』と思ったときって、そのままどんどん曲が進んでいくんですよ。それが楽しくて、それは初めての感覚だったので、『全国を回っていろんなことをしようか』というような話はしていますね。なので、そのふたつがいまやりたいこと」

命がある限り、「1年後」がずっと伸びていけばいい

印南「向こう1年の目標はどんな感じですか?」
やなせ「新しい作品づくりに着手したり、コンサートに行ける場所が増えてたらいいなあとか、そのくらいです」
印南「では、10年後の夢はなんでしょう?」
やなせ「10年後……私、あんまり先のことを考えないようにしているんですよ。先のことってわからないなって思っていて。やはり病気をしたことが大きかったし、震災もそうですしね。だから、よい意味でも、あんまり先のことは考えないようにしているんです。アントニオ猪木さんが、『踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる』っていってたでしょ、あの言葉が大好きなんですよ。本当にそのとおりだと思って。草ぼうぼうの野っ原みたいなところに自分がいて、草をなぎ倒し、歩いていけば道になってるっていう、本当にそのとおりだと思うんです。そういう感じなので、10年後って全然想像がつかないですね。向こう1年ぐらいの目標がありますから、それをずっと続けていきたい。命がある限り、その1年後がずっと伸びていけばいいなあと、そういうつもりでいます」
『夜が明けるよ』を完成させたことによって、やなせさんの内部でなにかが変化したのだなという印象を抱きました。もちろんそれはプラスの変化で、そのわかりやすい例が「1年の目標」に表れているといえるかもしれません。そんなこともあり、このアルバムからスタートする次の展開にも期待したいところです。

印南 敦史

印南 敦史
作家、ライター、編集者。最新刊「遅読家のための読書術」(ダイヤモンド社)が発売1ヶ月で4刷3万部超。
書評家として「ライフハッカー[日本版]」「ニューズウィーク日本版」「Suzie」などに寄稿。

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